10.カシャーン ペアーシルク絨毯(2枚1組)
(1)   購入時期:2002年4月 
(2)   製作年代:20世紀初期 
(3)   製作地:カシャーン 
(4)   寸法:1.5x2.0m
(5)   染料:天然染料 
(6)   織り耳:丸型
(7)   横糸本数:2本 硬め
(8)   結び方:ペルシャ
(9)   縦糸:太目絹
(10) 横糸:太目絹
(11) パイル:太目絹
(12) ノット数:42 ラッジ

購入の経緯

   カシャーンはテヘランとイスファハンの中間にあって、サファビー王朝のシャーアッバス1世が夏の宮殿を作って、この町をこよなく愛しただけあって、昔から工芸が盛んであった。ヴィクトリア アルバート美術館にある世界で最も美しくて高貴なペルシャ絨毯はアルダビール絨毯 (「イラン病患者からのレポート第十話・アルダビール市の霊廟に眠る秘宝」で詳しく記載した)と呼ばれているが、これはこの町で1540年ごろマクスッドという人によって製作された。この絨毯は西北イランのタブリーツに近いアルダビールの寺院で使われていたので、英国が18世紀に購入したときアルダビールと呼ぶようになった。カシャーン絨毯は伝統的に高級な絨毯製作が志向されて、例えばシルクはカシャーンシルク、ウールはカシャーンウールと呼ばれている、光沢、弾力性など特別な評価を受けている。またデザインの繊細、複雑さ、配色の巧みさなどから世界の人々から賞賛されている。
   イラン人もカシャーンの優秀な作品は“モタシャーン カシャーン”と呼んで高貴な絨毯の代名詞となっている、モタシャーンとは絨毯の製作者の名前である。本稿の「1.スーフ織超高級カシャーン絨毯」が該当する。
   カシャーンのバザールで買ったが、ペアーもので、この時は1枚だけほしいと言ったところ、店主はオーナーの意向を確認したいといって、電話していたが結局オーナーは2枚でしか売らないと言うので、止むを得ず買ってしまったが、今から思えば、このサイズはペアーの方が使い道も広くなり、使っていて、その美しさが倍加することが判った。従って価値も高まるはずである。
   この時オーナーが僕に会いたいとわざわざ店に出て来てくれた。品のある初老の紳士で日本人の顔を見て機嫌よく対応してくれました。
   彼にも何か思い入れのある絨毯だったらしい感触を受けた。
   あまり値引き交渉はしなかったが、最初1枚1,500ドルだったと思うが2枚にしたので、2,660ドルまで値引きしてくれた。
   この絨毯は長く使い込まれた中古品である。カシャーンシルクを縦横糸、パイルにも使われている。現在市場で流通している高級シルク絨毯の糸(縦横、パイル)は1ミリ前後の細いものを使っているので、厚さも薄くなる。欧米人のように靴を常用している人々には問題ないが日本人には硬くて、壁掛け、テーブルクロス、ソファー掛けには向いている。
   しかしこの絨毯の糸は非常に太くて敷物として十分通用する。それがこの絨毯の希少価値でもある。

デザイン

   このデザインは総柄文様あるいはオーバーオールデザインと呼ばれている。
   中央の文様を拡大したのが右側の写真で絵柄をはっきりさせるために全体が白っぽくなった。縦の中心軸の真中にパルメットがあり、その上下に少し大きめなシャーアッバス文様が置かれ、そこから伸び出した枝に新たな色合いのパルメットや花のツボミ、シダやアーカンサスの葉が繋がっている。また枝の周りに雲形のリボンが巻きついているものも見られる。暖かみのあるベージュの地色に鮮やかなピンク、クリムソン赤、薄い青、黄金色、ピスターシオ緑などが全体に色彩に調和の取れた素晴らしい色のハーモニーを奏でている。茶色のボーダーがベージュのフィールドをしっかりと締めて額縁の役を果たしている。ボーダーのデザインはこの時代の典型的なものでる。
   作りはそれほど細かいとか精巧とか言えないが、今やこの様な条件の材質、染料の絨毯は作られていないので、非常に貴重なものだと思われる。

 
 
   コーナーデザイン   

 
11.フェリアンのバクテヤリ絨毯
(1)   購入時期:2003年10月
(2)   製作年代:20世紀初期 
(3)   製作地:バクテイヤリ
(4)   寸法:1.5x2.0m
(5)   染料:天然染料 
(6)   織り耳:平織
(7)   横糸本数:1本 半硬め
(8)   結び方:ペルシャ
(9)   縦糸:毛
(10) 横糸:毛
(11) パイル:毛と絹
(12) ノット数:40 ラッジ

購入の経緯

  この絨毯はテヘランバザールで若い店主に路上で捕まって、2階の小さな店に案内された、お決まりコースで、シルクの小物(日本人はシルクが好きだとされている)を盛んに見せては御託を並べていたが、こっちは上の空で聞いていた。
   しかし部屋の一番奥の隅に掛けてあったこの作品がどうも気になってしかたがない。
   店主にシルクは沢山持っているから、あの奥の絨毯を明るいこちらに持って来いと告げた。これはバクテイヤリデザインで古いものだというではないか。
   見れば見るほど次第にこの絨毯の持ち味がジワジワと伝わってきた。
   これも売り物として作られたのではない。彼らが自家用に作ったものだと絨毯は僕に訴えてきた。それを聞いて身振るえがしてきた。
   もうこの感動が来たら、買わないで帰ることは出来ないので、値段を聞いてみた。
   後で織りの構造を説明するが、この種の絨毯は比較的安価である。記録が紛失したが確か350ドルほどだった。

デザイン

   実はバクテイヤリデザインとイラン人も呼んでいるが実際にバクテイヤリ族(地図参照)の居住地には長い歴史の中で、いろいろな部族が交じり合って生活してきた。その中にはイラク人、アルメニア人もクルド人も含まれている。
   詳しい話は別項目でするが、この絨毯はバクテイヤリ族やその他の民族の居住地チャハールマハール地域のアルメニア人の住んでいるフェリダンというところで織られたものである。
   一般にイランのアルメニア人はイスファハン市にも多く居住してキリスト教徒で彼らの全体のデザイン構成、色彩感覚はあか抜けして泥臭くない。一方「17.ペアーバクテヤリ絨毯」はイラク族の絨毯で民族的な野生的でエネルギッシュなデザインであるがその違いが際立っている。
   この織りの特徴は横糸が一本(通常2,3本)現地語でニムバフトと呼ばれる工法で打ち込みの力が半分という意味である。横糸を通した後パイルを結び、これが完了するとクシのような工具(写真A参照)でパイルを縦糸に沿って叩いて、横糸に密着させるのですが打つ力が弱いと締りが甘く柔らかな織りになる。また横糸が1本なので絨毯の厚さも薄くなる。明るくて落ち着いた薄茶、ピスターシオ緑、温かいピンク、そして鳥オオムのモチーフが特徴である。大きな花瓶から生命の木が育ち、枝にはこぼれんばかりのパルメットの花が葡萄のように並んでいる、バラやアヤメをデホルメした幾何学的なデザイン手法で形を整えている。
   中央から上の方には同じ垂直軸で大きなパルメットの上から白いベージュの木が伸びて、その枝に矩形や丸い淡い色彩の花が咲いている、下と上の調子を変えて単調にならない配慮がされている。上の大きく広がった枝にツガイのオオムが向かい合って留まっている。
   この辺りのデザインが非常に彼らの嗜好に合っているらしく、多くのヴァージョンのデザインが生み出されている。色彩も天然染料の色出しで、あまり多くの色は使われていない。見ても目に優しい自然の調和した配合が生まれている。
   彼らのセンスが現代社会の我々にも納得のいくレベルであることは彼らの生活レベルが低いとか臭いとか汚いとかの問題を通り越した民族固有の持つ能力の素晴らしさに感動を覚えてもらいたい。花瓶の青や上下の4隅のコーナーの葉の青、薄緑、薄茶、濃紺の花柄と幾何学的な枝の繋がりなども個性的である。
   主ボーダーも今では殆ど見られないデザインで濃紺の地に縦断した花と葉を交互に枝を交えて並べたものを両脇からベージュ地に3枚花弁の花と四角形の図柄が交互に並んだボーダーに挟まれている。気取りのない素朴な暖か味のある絨毯になっている。
   蒐集家にとってこの様な値段ではなくて、民族の生活、衣装の独自性、創造性に富んだ作品の出会えることが最大の喜びである。実際に私はこの街を訪れた。



12.エスレミ絨毯(ラシュデイザデエ工房
(1)   購入時期:1999年6月
(2)   製作年代:20世紀中期 
(3)   製作地:コム
(4)   寸法:1.25x1.5m 
(5)   染料:天然染料 
(6)   織り耳:丸
(7)   横糸本数:2本 硬め
(8)   結び方:ペルシャ
(9)   縦糸:絹
(10) 横糸:絹
(11) パイル:絹
(12) ノット数:70 ラッジ

購入の経緯

   テヘランバザールの中央口から真直ぐに伸びる通路が絨毯店のエリアに差し掛かった2階の小さな店だった。日本では明治、大正時代、昭和初期の人はよく白地に薄緑の唐草文様を描いた大きな風呂敷を使っていたのを覚えているが、あの唐草文様がペルシャから伝わってきたことは大人になるまで、知らなかった。まさにブドウの蔓が張りのある輪を描いて左右に延びる線をイラン人はエスレミと呼んでいる。いろいろなバリエーションのエスレミデザインを巧みに使って、メダリオン絨毯を創作しているイスファハンのセーラフィアン工房は世界的に有名である。何時も絨毯探しの際にはエスレミの個性的な絨毯はないものかと出会いを楽しみにしていたが、ようやくこの作品にめぐり合えて、非常に楽しい買い物だったことが忘れられない。
   当時工房“ラシュテイザデエがコムを代表する有名な人だとは全く知らなかった。
   値段は1,200ドルだというので、すぐ支払った。その時店主が彼の作品の銘が正面の左上部、右下部の裏側に入っていると教えてくれたが表からは図案と重複して判別できないが裏から見ると判る。

デザイン

   エスレミデザインが直線と曲線を組み合わせたもので特徴がある、(一般的には唐草文様のように円弧)下図右はフィールドの中央の詳細図参照。
   エスレミが直線と曲線で構成されているのが個性的。
   エスレミも単なる線ではなく、枝に木の芽が連なり、分岐点には赤い花が結ばれて、軸には濃紺の顎にシャーアッバスの花が咲いています。 
   この様な幾何学的なエスレミは古い作品に良く見られまる。その場合帯の幅が広く、大型の絨毯に使われているが、非常にダイナミックな動きが見た目に強い印象を与えるので、日本人には向かないとされ、イラン人のバイヤーは日本には輸出しない。
   しかしこの作品は線を細くして花、つぼみの文様をエスレミに付けて、エスレミに趣を与えて単調さを避けている。
   このラシュデイザデエ氏はフランスのパリに店を出しており、作品の殆どをそちらに回しているとのこと。彼はイランのコム市に工房があり、パリに専門店を持っている。


 
中央の詳細図                      絨毯表側のサイン                    絨毯裏側のサイン 
 
 
13.百花繚乱絨毯 
(1)   購入時期:2002年4月
(2)   製作年代:20世紀中期 
(3)   製作地:コム
(4)   寸法:1.25x1.5m 
(5)   染料:天然染料 
(6)   織り耳:丸
(7)   横糸本数:2本硬め
(8)   結び方:ペルシャ
(9)   縦糸:絹
(10) 横糸:絹
(11) パイル:絹
(12) ノット数:70 ラッジ

購入の経緯

   テヘランバザールのラスールの店で購入しましたが、前にも書いたように、日本人がこの店に現れると、周りの人々(すべて絨毯屋)がガラス越しに、あるいは友人と歩いている姿を見て、何処からともなく珍しい絨毯や彼らの思い込みのある自信作を持ち込んでくる。
   無論ラスールもめぼしい友人には僕の希望のデザインを連絡しているので、その関係の絨毯も運び込まれる。この作品は前者のもので、希望のデザインではなかった。
   しかしイランの国の花“バラ”をフィールド一杯に描いて、土砂漠の味気ない身の回りの風景に対抗して、部屋に思い切り花を咲かせて明るくしたいと願って、デザインした作者の思いがよく表れていると思って買うことにした。3年前にラシュデイザデエのコムシルクの同一サイズを1,300ドルで買っているので、これも同じような値段だろうと予想していたが、ハズレてしまって、1,800ドルと連絡してきた。ラシュデイザデエはフジライトカーペットでもコムの有名工房として取り上げられているのに、あまり有名ではないシャバテイの作品が何故こんなに高いのかと値引きを要請したら、3年前より絨毯の値段が高くなっているという。最後の出し値は1,650ドルだと言われて妥協した。ここで1回いらないと蹴っていればどうなったか判らないところがペルシャ商人との交渉の難しさだと何時も感じている。商売で仕入れるなら、タフな交渉も必要だろうが、コレクターがあまり小賢しく立ち回るのも友人の前でみっともないと思い受け入れた。

デザイン

   友人にデザインの名前を聞いたところ“ゴルダニ ゴルダーレ”と答えてくれた。意味は“花瓶と花々”。
“ジャバテイ”という作者の銘が入っている。後の写真を参照。
   花瓶は豪華に装飾されているが砂漠の民にとって、水は生命の源、それを受け止める器をかけがえのない大切なものとして、このデザインの中心的な存在感を感じさせる。その花瓶の中から上に立ち上がる生命の果実のような輝くバラやスミレ、リンドウの花が満開になって天に向かって咲いている。
   まさに百花繚乱、濃紺のフィールドに処狭しと花々で埋め尽くすペルシャ人の情念がここでも現れている。日本人にとって少し誇張すぎる、不自然だと思われるだろうが、長い民族の歴史から、イラン人はイスラム教、絶対一神教を基本として、偶像崇拝を禁止され、人物や人間に関わるものは一切表現してはいけない制度の下で、このような性向が生まれてきたとされている。ほとばしる表現欲求エネルギーを、このような形で発散しているのかも知れない。それにしても花、葉、花瓶など描写されているものがお互いにうまく調和して盛り立て合っている。
   どのデザインにも違和感がない、皆がそれぞれの楽しいしぐさで歌を歌って輝いている。花瓶の両脇にねじれの入った木が立ち上がって、ピンクのバラが咲いている。
   主ボーダーはセットの図案の繰り返しが普通であるが、この作品は絨毯の上下半分から異なった図案を配置しており製作の間違いが許されない注意深さと技術、忍耐がより強く求められる。
 その違いをコーナーボーダー文様で示した。
 
 
 
      花瓶の中央満開の花々              下コーナー文様        上コーナー文様
イラン コム シャバテイ”の銘
 
 
 
 
14.ゴルダニ サラサリ絨毯
(1)   購入時期:2007年9月
(2)   製作年代:20世紀初期
(3)   製作地:カシャーン
(4)   寸法:1.38x2.0m
(5)   染料:天然染料 
(6)   織り耳:丸
(7)   横糸本数:2本硬め
(8)   結び方:ペルシャ
(9)   縦糸:絹綿
(10) 横糸:綿
(11) パイル:毛
(12) ノット数:42 ラッジ

購入の経緯

   テヘランバザールの小売店の集まる中央通りは日本人と見るやハエのように集まってきて、片言日本語で執拗に呼び込みを掛ける輩が居て、まともに歩けない程であるがバザールの西部端に位置する友人の店の周辺は卸専門の地域で、実に紳士的で通路を歩く客には会釈をして微笑みをかけるが決して、そばに近づいて呼び込むことはない。しかしイランの伝統工芸を扱うプライドとペルシャ市場のしたたかな商魂の逞しさは注意しなければならない。
   友人 ラスール エスハーギは弟ハミッド エスハーギが大阪阿倍野で日本人女性と結婚して店を出している関係で、日本の事情や嗜好にも理解があって、イラン人にしては体が大きく一見大胆で、神経が太そうにも思えるが仕事柄神経は細かく、いろいろと気を使って面倒を見てくれる。英語、日本語がほんの少ししか通じないので、これが外国人にとって最大の問題だった。
   彼と知り合うキッカケは1978年のイラン送電線建設に関わったときの工事のイラン下請会社の社長の紹介で、かれこれ10年以上の付き合いになる。
   この絨毯はイスファハン バザールのある店で展示されていたゴルダニ サラサリ文様の優品に惚れ込んで、2年間通って売ってくれと求めたがダメだったものとほぼ同一のデザインである。色調はこの方が地味で落ち着いて、重厚に感じられ、すぐにも買いたいと思ったが、ほかのものを多数物色した後、帰り際に値段を聞いて引き揚げた。この場合気に入ったそぶりを見せると値を吊り上げてくるので他にも見せろと気をはぐらかす必要がある。
   答えは1枚なら1,700ドルだという。これはペアーだから2枚セットになっている。
   この値段は僕がラスールの友人だと知っているので市場の相場値を出したものと判断できる。ラスール氏に買いたいので、現物を見せるため店に案内して確かめた。
   ペアーの1枚は非常に痛んでいたので、手直しを施した費用が100ドル、それを含めて2枚で3,090ドルにしてもらった。
   それでもラスール氏はコミッションを数%取っているはずである。
   この値段は僕にとって天からの贈り物といった感じの安くて、恋焦がれて求めてきたデザインの最も嗜好に合った思いがけない出会いに小踊りさせてくれた作品である。

デザイン

   先のアラク製のデザインと違いは花瓶に花が盛られているが小鳥がいない代わりに、花の小枝がその空間を埋めている。
   ゴルダニ サラサリ文様の絨毯には数種類のヴァリエーションがあり、その中の一つである。
   主ボーダーにはフィールドとは違ったデザインの花瓶が交互に繰り返され、その間葉と小花の小枝でつながっている。
 
 
 
フィールドデザイン                              コーナーデザイン