イラン病患者からのレポート第八話
イラン送電線工事で孫悟空もたじろぐ急峻な山岳現場と如何に戦ったか
北島  進  
 社運を掛けた500億円のイラン西回り400kv架空送電線プロジェクトが1978年3月に契約調印が行われた。この話が最初に持ち込まれたのは1977年9月中旬、本社裸線事業部海外送電線建設プロジェクトグループ部長に名古屋の本社のある農業用ダム建設のコンサルタント会社“三祐コンサルタント”のテヘラン支社長が電話で相談を持ちかけられたのが発端であった。
 支社長の話によると最初は1975年頃既に国際競争入札で落札した “ネカ(火力発電所)―テヘランパルス変電所間東回り400kv送電線プロジェクト”を進めていた住友電工に随意契約で、この西回り400kv架空送電線工事を受けてもらえないか打診した。 しかし住友電工の現地調査の結果、非常に困難な場所が数多く発見された、また現在抱えているプロジェクトの追い込み時期を迎えて、余裕がない理由で断られた。西の雄がダメなら東の雄へとスイッチしたそうである。
 住友も一筋縄ではいかないと断られ、ビジネスウイーク誌が世界最難関の送電線工事と論評した現場を1977年11月に古河、古総の合同調査隊が調査した。
 そしてその現場は標高3300メートルのエルブールス山頂付近の険峻な岩山から海抜マイナス30メートルの高温多湿地帯のカスピ海沿岸に至る高低差が最もきつい谷底周辺であった。谷底とは実はテヘランとカスピ海沿岸中心都市チャルースを結ぶ幹線道路である。道路上から周りを見渡しても岩壁に囲まれて、山容が全く見えない、要するにヘリコプターで上から見ないと調査にならなかった。しかしヘリは軍事上の理由で、容易に許可は下りないのだから、この界隈の岩場を登って観察するしかなかった。そして彼らは“孫悟空でも出そうだな”とため息をついた。
 それは三蔵法師の案内役孫悟空でさえも、さじを投げたような現場と映ったらしい。イラン人は高低差の大きい山腹を一気に降下するイロハ坂のような道路を”ヘザロチャム“(千の曲がり道)と呼んだ。イラン語で”ヘザロ“とは千を意味する。
 今回はこのヘザロチャム現場を攻略するのに採用された面白い工法を紹介しよう。

1.資材運搬に採用した索道システム

1−1.索道採用の理由
写真AはGoogleの地図マップ航空写真から取り込んだが、現在でも当時古河が直接ハッジ タルカニという大手道路業者に作らせた工事道路がご覧のように今も残っている。しかし今では落石などで車は使えないだろう。中央の白い線がテヘランーカスピ海を結ぶ幹線道路の概略表示であるが、川のように左右に蛇行しているのが実際の道路である。  
 カスピ海岸の町チャルースの西に変電所があって、そこから写真Aの左側の送電線ルートが鉄塔1に突っ込んで来て、右に曲がって、このプロジェクトで最大の鉄塔間距離900メートルで幹線道路を横断して鉄塔2に飛びつく。更に右に曲がって急斜面の浅い谷を渡る。渡り着くのが鉄塔3である。これは写真Bには見えないが、そこで90度近く屈曲して山頂に向かって上昇して鉄塔4、5、6へと繋がっていく。ご覧の通り、この傾斜角度は30度以上あり立っていても緊張して足がすくむ。
 鉄塔1から6への地形から、この鉄塔を並列に二本並べるのは困難だと見られた。この下の幹線道路には度々この山に生息する猪が滑落して、道路に屍を晒している。
 なぜこんなルートを選ぶのかというと送電線工事は何百キロにわたり、セメント、水、砂利、鉄塔、電線、碍子など重量物を運ばなければならず、既存道路を最大限に利用しないと経済的にも時間的にも間に合わないのである。このような幹線道路から分岐して工事道路を作ることは誠に有利であるが、このように急峻な岩山に挟まれると道路工事の落石が幹線道路を直撃する危険があり、落石エネルギーが許容されるレベルまでしか作れない。同じ理由で、鉄塔基礎の掘削穴堀にもダイナマイトの飛散石が穴から飛び出さない深さまで掘り進まないと使えない。飛散石が小さくなるようにダイナマイトの量を調節しなければならない。
 このような制約の中で、工事道路が作れない現場が6箇所あった。
 道路がない現場には索道が適用された。

1−2.索道システムとは

 わが国のような山岳地帯の送電線工事には索道が多用されたので、送電工事用の索道器具は極めて進歩している。いろいろな地形に対応した方式や器具が開発されてきた。一般には1トン、2トン索道があるが、イランでは1トン索道を採用した。
 機材は100%日本からの持ち込みである。
 6箇所の索道現場には、一本の索道に鉄塔が1基から最大8基が連なっていた。業者は四国土居町の曽我部組、社長、副社長、若い作業者3名であった。
 社長、副社長も索道の超ベテランで、古河は車とイラン人技術者、下請けイラン業者からも車、技術者、作業員を提供して、曽我部組は6箇所の索道システムの設置、取り扱い操作教育などを契約通り三ヶ月以内で完了した。
 索道の基本構造はつぎの略図のようになる。
二本の主索と呼ばれる荷物の重みを支える鋼ロープが始点と終点間を大きな張力を与えて、根付基礎に固定されている。始点、終点間には必要な門柱を立てて主索は支持器に乗せられている。
 物を主索にぶら下げるために搬器が使われる、搬器には車輪があって、主索の上を転がり移動するが荷物を積んだ搬器を所定の場所に移動するために曳索という鋼ロープを主索の下に吊り下げている、このロープは移動するので、各門柱の支持器の車輪に乗っている。
 そしてウインチと折り返し金車の間をエンドレスにロープが回るように敷設されている。
 物を運ぶ操作はまず搬器を主索に乗せて、曳索を搬器のグリップ(固着)点に差し込みハンドルを回すと一体になる、その搬器にプラットフォーム上の荷物を乗せて準備完了。ウインチのドラムAで曳索を動かせば搬器は引っ張られて主索の上を移動する。荷物が所定のプラットフォームに着くと搬器から外して、搬器を元のプラットフォームに戻される。

1−3.具体的な設備

 エンジンウインチ(写真D)はドラムが三個あるが、実際に使ったのは二個である。曳索はエンドレス回転が出来るドラムAに巻かれる。
 ドラムBは別な操作に必要であった。六箇所の索道システムにこのウインチは三台しかなかった。
 従って、工事工程を監視しながら、必要個所
に頻繁に移動しなければならなかった。 
 幸いエンジン部分とウインチが分割できるので、二トントラックで運搬出来た。 操作はすべて古河の二名のイラン人技術者が担当した。(写真D
 折り返し金車は直径が1メートルほどあり、主索と同じ根付基礎に鋼ロープで引留められている。(写真C
 曳索は門柱に固定された曳索金車に乗っている。(写真E
  門柱に支持器が鋼ロープでしっかりと固定されている。主索が支持器の三角形ブランケットにU字型帯鋼で上から抱え込まれて固定される。だから搬器の車輪がスムーズに転がることが出来る。
  人籠には搬器が三個ついており、グリップ点で各々曳索を掴んでいる。この状態で、ウインチのエンドレスドラムAを回転すると曳索が動いて搬器が引っ張り上げられる。この人籠の代わりに、鉄塔材、工具、などを搬器に縛り付けて運ぶのである。
  この搬送方法では荷積みの場所で搬器の取付けフックと荷物のレベルが同じプラットフォームでないといけない。荷物の受け場所も同じレベルのフォームでないと搬器から荷物が外せない。この場合荷物
の離陸と着陸でフォーム上を擦るが簡単なマットを敷いて済まされる。
 しかし8基も連なる索道ではプラットフォームのない鉄塔が出てくる、それは主索から大きく下がった位置になる、この方法では荷物は鉄塔位置に運べない。
  それで次の方法が使われた。
  写真Fコンクリート搬送のように荷物を上げ下げする為だけに使われる三本目の昇降専用鋼ロープの片方の端が四つの金車(写真F)を通過して折り返し金車(写真C)側の根付基礎に固定されている。
 もう一方の片端はウインチのドラムBに巻かれて、写真Fの状態に保持するため昇降ロープにバケットの重さに耐える張力を与えられる、この状態を保持しながらドラムAの操作で曳索を使ってここまで運んできた、ここで昇降ロープを緩めると写真Gのように内側の潅木に縛り付けた金車が下降していく。この昇降ロープをウインチで操作するのがウインチドラムBである。(写真D
 コンクリートバケットか降下して、コンクリートを排出したら、ドラムBでロープを巻き込んで、空バケットを持ち上げて元の位置に戻し、曳索のドラムAの巻き戻しで、空バケットがミキサーまで戻される。
 このバケットの代わりに、鉄塔材や工具、碍子を同様に運搬した。
 この二つの搬送方法ですべての鉄塔を建設することが出来る。
  その他の基礎穴の掘削は岩帯なので、圧搾空気でバイブレーターハンマーやドリルを使って進められる。エアーコンプレッサーは車両の出入り場所に置き、長いエアーホースを繋いで、現場に送っていたが、どうしても遠くなって届かなくなるとコンプレッサーも索道で運んだ。(写真H
  エルブールス山脈越えの超高圧送電線ルートは住友東回りと古河西回りしかない。東回りはこのような山岳地帯はないので、この索道技術はイラン送電専業者には最初の経験で、貴重なものになったであろう。



2.トロッコ運搬


  トロッコ運搬方式を採用した理由は鉄塔の四脚の内の谷側の一脚だけが脚の上側に鎮座する岩が邪魔して、写真J1のような上からのコンクリートを注ぎ込むU字型ガイドが設置できず、下から運ばなければならなかった。
  ルート測量時に鉄塔敷地の検討が不十分だったのが原因だった。写真J1はヘザロチャムでは最も長い敷設ガイドで40メートルあった。傾斜もきついが、途中で生コンが止まると大変なので、水増しコンを使わざるをえなかった。
 Googleの航空マップで探してみると工事現場(写真J)が得られる。
 この鉄塔は先の幹線道路横断現場から1kmほどカスピ海側に来たところで、幹線道路のすぐわきにある。
  索道ではもったいないし、道路わきで、危険な作業も出来ない。
日本のようにコンクリートポンプ車があれば半日仕事なのにと思案に暮れていた。ところがこの現場で採用していた二人のイラン人技術者の一人でアメリカの大学の土木を出たハッサンが簡単な図面を書いて持ってきた。


  よく見ると現有の設備とイランで調達が容易な資材ばかりで構成されているし、原理が簡単で失敗の可能性が低いと直感したので、コンサルタントの承認へ進み首尾よく得られた。これがトロッコ方式である。
 写真Kはコンクリートを運ぶバケットである。
 バケットは鋼板の溶接組み立てである、バケットの中身を排出するために、バケット回転軸を支点に矢印の方向に回転する。バケットの反対側にも同様に回転軸があり、回転ストッパーが付いている。
  ご覧の通り、車輪は大型ベアリング、レールはL型鋼バケットのフレームも市販型鋼である。牽引金車は索道や鉄塔組み立てに使うものである。
 一方このバケットが鉄塔の脚に近づくとどうなるか、それが写真Lである。基礎穴に向かって、コンクリートを流
 


し込む注入ガイドの調整改良を検討しているのがハッサンだ。ハッサンの左腕の位置までバケットを進めて、回転するとコンクリートが落下する。
 索道と同じような役割の折り返し金車に牽引ロープが通されて、その端が下に設置されたウインチドラムに巻かれている。現在はウインチでバケットを基礎まで引き揚げた状態である。
 次に写真Nは軌道の構造である。
 左右のL型レールは間隔保持器によってボルト2本で組み立てられている。レールの接続はレールの両端に溶接された接続板を設け、レール突合せで、接続板の下にフラット単板を当てて、接続点の左右で二本ずつの貫通ボルトで締め上げる。
 写真のようなレール支持金具は現地としては最も手の込んだやり方で、鉄筋を所定の長さに切断して、頭にネジを切る。取り付け位置の岩盤にドリルで穴を開け、ネジ頭鉄筋を差込み、モルタルを注入している。レールに付いているブランケットにねじ切り頭を通してナットで締め付けている。
 このようにして写真Kのバケットを写真Lの基礎穴へこの軌道を使って、写真Mのような操作を繰り返してコンクリート打設工事が施工された。
 一見子供のオモチャのような単純な機構であるが、チャルースというカスピ海沿岸の田舎町の鉄工屋に部材を作らせて、現場に据え付けるには、それなりの実践肌の技術と創意工夫がなければ短期間には完成できない。
 この索道運転や工程管理のウインチ遣いまわしなど
一切を二人のイラン人技術者に任せたが、工事上事故も無く、下請けからのクレームも無く終わることが出来た。
 第六話で報告した水場の難工事のデルバンド氏やハッサン氏のような無口で黙々と任務を果たし、問題解決に優れた能力を示すイラン人技術者に出会えたことは今でも強い感動を持って思い出される。
平成22年3月