1. 水場の難工事
フルターンキー方式契約とは顧客が、発電所の送電設備に鍵を挿入して回すと電気が他の変電所に送られるという状態にして顧客に引き渡すということである。
このことは言葉でイメージするほど生易しいことではないのである。
それは1079基の鉄塔の中で1基でも建設できなければ永久に仕事は終わらないということである。
432kmのルートの中にはどんな土質に遭遇するか全く予測はつかないのである。
トンネル工事のような状況に似ている。予想外な土壌に遭遇しても国家事業なら、特別予算で対処できるが企業はおいそれとは決断できない。
架空送電線工事の主要な仕事は基礎の建設、鉄塔組み立て、電力ケーブルの架線の三点に分けられる。そしてこの工事で次の二つの工程が完成できれはほぼ90%の仕事は終わったと見なすことが出来る。

1−1.1079基の鉄塔現場に資材、建設機械を運搬する工事道路、また道路が出来ないところには索道と呼ばれる道路の無い山間で伐採木材を里に搬送する設備の完成。
1−2.1079基の基礎工事の完成。

基礎工事は一般の土木工事なので、どこの発展途上国でも現地業者に下請けさせている。
ただしヘザロチャムのような急峻な山岳地帯や水田、湿地帯、沼などの特殊な水場ではイラン業者も通常の土木技術では対応できないので、我々が解決してあげなければならない。
一方鉄塔組み立て、電力線架線工事は設備を提供すればイラン業者でも工事は進められるが、特殊な技術、技能が求められる個所では、品質保証上日本人の指導者が必要になる。
ゼアランータブリーツ送電線ルートの土壌、地形はエルブールス山脈の裾野が南側に長く広がって、浅くて長い周期の丘陵と平坦な砂漠地帯が9割を占めているんで、比較的容易な工事現場であった。

1982年4月頃、タブリーツの東隣の工区を担当することに成り、現場事務所をミヤネという人口3000ほどの小さな町に設営した。


 しかし432km(東名高速道で約東京ー彦根間)の長丁場にはどんな怪物に出会ってもおかしくない。案の定ミヤネから南東方面へ1キロほど行くと源流がタブリーツ側にあってミヤネを通過して、ザンジャン市へ流れるザンジャン川がルートを横断していた。
問題はこの川横断に関わる基礎工事である。
1079基の中で最も難しい基礎現場は、このザンジャン川横断の前後四基であった。
工事道路建設は土木工事の典型だといっても、水耕地帯、沼沢地の場合砂利や砂をいくら敷いても地耐力が得られず車両が進入できないので、工事資材のセメント、砂利、砂、鉄筋が運べない、クローラー(バックホー)やブルドザーの重機も使えないので工事がストップする。イラン送電業者では道路が作れないなら、道路専門業者に切り替えることも出来るが採算で迷う。日本では軟弱地盤用矢板、厚鉄板などをリースで調達して敷き詰めて対応できるがイランでは不可能だ。こんなことに悩まされながら、この四基の工事道路は鉄骨材や木材を使って、なんとか建設できた。
しかし川横断の基礎は湧き水が激しかった。
そして最初に基礎の掘削を始めたら、たちどころに湧水が噴出して掘削した土壁が崩落するので、写真1のような木枠を基礎穴に置いて、写真2の如く周りを鉄板で囲うという実に頼りない方策を採用した。ご覧のとおり軟粘土質で掘削壁が崩落して拡大する。ここまではイラン業者の仕事だ。
日本では掘削前に基礎の周りに鋼矢板(浅い台形に成型された鋼鉄板で両エッジには継ぎ手がある)を杭打ち機で打ち込んでから、掘削をする。湧水があっても矢板が土留めして、土壁は崩壊しない。
イランでは矢板や杭打ち機も調達出来ない。
写真1 写真2
また写真2の状態では数百馬力の大型ポンプで強引に排水しなければ施工することは出来ない。
しかしイラン送電工事業者は砂漠地帯の工事が多く、特殊な用途のために高価なポンプを購入する意思がないのでお手上げの状態であった。
そこでミヤネ古河事務所が採用したイギリスで土木工学を修めたイラン人技術者に設計、図面作成、コンサルタント(顧客の子会社MAHAB)の交渉、その承認取得の全過程をやらせたところ、首尾よくコンサルタントから承認が得られた。
勿論この基礎仕様は契約外なので、別途顧客、下請け業者と費用の交渉をしなければならなかった。
それが次に示す興味深い工法であった。
契約普通基礎構造は写真3に示したように、パッド、チムニー、鉄塔と接続するスタッブで構成される。
承認された特殊基礎は、基礎のパッドを載せる地盤をコンクリートの大きな円筒で四つに分割して、その円筒内の湧き水を業者持参の排水ポンプで排水しながら鉄筋を組み立て、コンクリートを充当して形成する分割方法である。

写真3 基礎の名称  写真4 コンクリート円筒 
写真5 4個の円筒内に鉄筋組み立て 写真6 4個の円筒にコンクリートが充当

コンクリート円筒(写真4)を地盤に置いて、この円筒内の湧き水を排出しながら、円筒内に鉄筋を組み立て(写真5)、コンクリートを流し込んだ(写真6)。円筒の上に多くの鉄筋が突き出ているが(写真6)、これは基礎パッドとの連結のためであり、写真7のパッド鉄筋と接続される。パッドのコンクリート打ちが完了すると(写真7)、写真8でパッドの上に木型枠が置かれて、内側にビニールを張っている。中央に立ち上がっている鉄筋はチムニーである、内側に鉄塔と接続するスタッブが据え付けられている。
 
 写真7 基盤の上に基礎のパッドの鉄筋組み立て 写真8 パッドにコンクリート打設


普通の基礎(写真3)ならば写真8の状態から、チムニー鉄筋の周りに型枠を組んで、スタッブを正確に据え付けて型枠にコンクリートを打設する。その後チムニーの型枠を外して、パッドとチムニーの周囲の空間は掘削した際の排出土をコンパクターで圧縮しながら埋め戻して完成である。
しかし河川敷での基礎には川の氾濫や多湿な土の埋め戻しでは鉄塔が強風に煽られたり、電線に異常な張力が掛かり鉄塔の脚(基礎)に引き上げ力が働くと引き上げ耐力が足りない可能性がある。そのためにコンクリートで埋め戻す設計になった。
コンクリートで埋め戻しをする際に、スタッブも一緒にコンクリート打設して、もしスタッブの据付位置が狂った場合、鉄塔が組み立てられないことになる。それでスタッブのコンクリート打設は埋め戻しが終わってから行なうために、写真9のようにチムニーを型枠で保護した。
写真9 チムニーを除いて、コンクリート充当  写真10 基礎が完成した。

コンクリートが硬化してから、チムニーを保護した型枠を外して、改めてスタッブを正確に据えてから、チムニーにコンクリートを注入して完成した(写真10)。
写真10の丸囲いの青年が、この基礎設計を担当したイラン人技術者MR.デルバンドである。彼は工事終了後アメリカのロサンゼルスで工事関係の仕事をしていると聞いているが、イラン人には珍しく口数が少なく、実直で確実に仕事をこなす有能な人であった。
関係者には記憶に残る帽子をかぶったヒゲの濃い人(写真8)はコンサルタントの現場検査官オミデワール氏である。
彼はタブリーツ大学の土木出身者で新人であった、現場のコンクリートの品質が安定せず、テスト用サンプルに強度不足が発生したので、厳しい品質管理要求を突きつけられた。原因が下請けの骨材、砂の汚れのため洗浄工程を入れさせるか買い付け先を変えるかしか対策はなかったが、妥協を見せない執拗な態度には悩まされた。
イランの大学卒者でも優れた技術者に助けられた思い出は沢山あるが、特に海外で教育を受けたイラン技術者の中には、デルバンド氏のように纏まった難しい仕事を任せても、それを現地の入手可能な安価な資材と業者の装備を使って、現場に最適な施工法を設計してコンサルタントと交渉しながら、期日内に問題を解決出来る有能な人々が結構いることを実感した。
平成21年9月

続き 2. 禁酒国イランでウオッカ醸造した話
3. ミヤネ町の郊外のモンゴル橋とお城