地震の正しい怖がり方
 井上邦信
   熊本を中心とする九州地方は4月14日に震度7の「前震」が最初に発生して以来、5月9日までの26日間で累計1,360回(最大震度記録)の震度1以上の有感地震に見舞われています(表1)。
   その中でも「強い地震」とされる「震度5弱以上」の地震が18回も発生しています。「震度5弱」という強い揺れは、私が2011年3月11日の東日本大震災の日、東山ビルの9階のあかがね倶楽部の部屋にいて体験した、まるで何者かの狂暴な力で揺すられているような感覚にとらわれたその時、目黒区内で観測された震度です。そのような激しい揺れに10数回も必死に耐えてきた熊本地方の人々の心と身体の痛みは想像に余りあるものがあります。                  
                                                                                                                   表1
          熊本地方
   最大震度別回数 4/14〜 5/9 24:00
5弱 5強 6弱 6強 合計
502 511 243 86 7 4 3 2 2 1360

   気象庁は地震の揺れの強さを、1996年の「震度階級改定」により、それまでは観測員の体感や被害状況の目視などに基づき「微震、軽震、弱震、中震、強震、烈震、激震」の7階級で表していたものを、地震計の測定データによる計測震度を、震度1から震度7までの10段階の「震度階級」に分類して発表するようになりました(図1、表2)。ここで、「1〜7階級」なのに「10階級」となっているのは、震度5以上の強震域での階級は計測震度の値で0.5の幅に狭めて「強」「弱」を付けて「震度5弱、震度5強、震度6弱、震度6強」の中間階級が設定されているためです。ここで注意しなければならないのは、例えば『先程○○地方で発生した地震の震度は1昨日の震度5の地震より強い震度6でした。今後も震度8以上の地震が発生する可能性もあります』という放送があったとすれば、それは明らかに“誤報”です。なぜならば、「震度5」、「震度6」、「震度8」という階級は10階級の中には存在しないからです。

 
                                                                                                                     表2
震度階級 1  2  3  4  5弱  5強  6弱  6強  7 
計測
震度
 以上 0.5  1.5  2.5  3.5  4.5  5.5  6.5 
 未満 0.5 1.5  2.5  3.5  4.5  5.5  6.5 

   前述の説明でご理解いただいたと思いますが、いわゆる「震度」には「計測震度」と「震度階級」 の二つがあります。気象庁が発表している「震度」は「震度階級」で、発生した地震の実測で得た「計測震度」の値が当てはまる「震度階級」です。(「計測震度」の定義・計算方法については後述します)  
   ところで、人が体感する地震の強さは、この「震度1・・・震度7」というようなデジタル表示より、過去に使われていた「微震・・・激震」といったアナログ的・表意的な表現の方が、それを聞いた時直感的に理解されやすいのではないかと思います。 地震の強度を表す「震度」とか「マグニチュード」は対数関数で計算されたもので、地震の強さ(加速度)と震度階級の関係は線形ではなく対数で表されます。そのため、階級ごとの地震の「強さ」をその数字だけを視て“実感”することは容易ではありません。そこで、これらの「強さ」を対数軸ではなく、線形軸に表すグラフにしたら実感しやすいのではないかと考えました。 何しろ、1段階進むごとに地震の強さは震度(計測震度)では約3倍、マグニチュードでは約32倍増加するため、これを6乗や,7乗にも累乗したら、その値は、最大階級の「震度7」や「マグニチュード10」ではとてつもなく大きい数字になり、0から最大値まで同じグラフに表すことには少し無理があります。それでもとにかく、それぞれの段階・階級で地震がどのように強さを増していくのかを「実感」するため、あえて線形軸グラフに表して見ることにしました。

1.震度(計測震度)

   気象庁は「計測震度」を次のような計算式で求めています。    I=2log(a)+0.94
   ここで「 I 」 は右辺で計算した結果得られる「計測震度」です。 右辺の( a )は地震計で実測した東西・南北の水平動と上下動の3成分に周期を関わらせ(フーリエ変換)、合成した「振動加速度(gal)」で、その地震の揺れの強さを表します。 この式を 指数関数 a=10^(( I-0.94)/2) に変換し、aを縦軸に、計測震度を横軸に表したグラフが図2になります。振動加速度は指数関数で増えるので、計測震度7の揺れの強さ(加速度)は計測震度1の1千倍にもなります(表3)。やはり実感通り、計測震度4から計測震度5に上がるあたりで、急激に揺れ(加速度)が強くなっているのが分かります。各震度階級での最大加速度をグラフにしたものが図3です。(震度(階級)7での加速度には、計測震度と同じく上限値はありません)
 

                                                                                      表3
計測震度 I
加速度 a 1.07 3.39 10.72 33.88 107.15 338.84 1,071.52
倍率 1 3 10 32 100 316 1,000
 


2.マグニチュード

    「震度」は同一の地震について、それぞれの観測地点で計測した揺れの強さで、より「震央」に近いところで計測されたのがその地震の「最大震度」になります。これに対して「マグニチュード」はその地震の「震央」で発生したエネルギーの量を,地表の観測地点の揺れ(加速度)から推計した値です。
地震のエネルギーとマグニチュードの関係は次の対数関数で表されます。  log10E=1.5M+4.8
   ここで、「E」はジュール(joule)で表される発生エネルギー(熱量)で、「M」はマグニチュード(Magnitude)です。この式を計測震度の場合と同じく指数関数  E=10(1.5M+4.8) に変換し、Eを縦軸(線形軸)に、を横軸に表したものが図4です。Mの値が1増えるごとに32倍という大きい倍数が累乗されて行くため、東日本大震災のM9ではM1の何と1兆倍のエネルギーが発生したことになります。 なお、Mは階級値ではなく連続した値です。 図5に示すように、M9.0の東日本大震災では、M7.3の熊本地震(本震)の300倍以上のエネルギーが発生していたことになります。ここでも、表示されたMの数字から受ける感覚と発生したエネルギーの絶対値の間には大きな違いがあります。熊本地震の1,300回以上の地震で発生したエネルギーの総量は、あるいは東日本大震災の本震のエネルギー総量に近づきつつあるかもしれません。

 

                                                                                                                      表4
Magnitude(M)  1   2   3   4   5   6   7   8   9  10 
E(1010
Joule)
0.000002 0.000063 0.001995 0.063096 1.995262 63  1.995 63.096  1,995.262 63,095.737
 倍 率 1 32 103 31.623 106 31,622.777 109 31,622,776.602 1012 31,622,776,601.684


 

   「地震、雷、火事、おやじ」と、怖いものの筆頭に挙げられる地震。その他の3つの「怖いもの」はその怖い事象の発生を予知し、制御することもできるのですが、地震だけは予知も、制御もほとんど不可能なのが現状です。ミューオンとかいう素粒子でマグマやマントルの動きを観測し、地震を予知する技術が考えられているようですが、その実現を待っている間に次の巨大地震が起きてしまうかも知れません。
   当分の間は、せめて気象庁が発表する地震関連の各種の数字を、正しく理解し、正しく恐れようではありませんか。            
                                                                    以上
2016年5月10日