1. 鳥獣文様陣羽織に使われたキリムとは
「鳥獣文様綴織絨毯」というのは、イランでは単に鳥獣文様キリムと呼ばれて、その織構造は図Aに示すように文様を横糸の色の変化で表現している。複雑な絵柄だと横糸が頻繁に変わって、糸の長さも短くなる。
一方絨毯はファルシュと呼ばれて、その織構造は図@に示すように縦糸にパイルをくぐらして、横糸で挟んでパイルを締め付ける。従って平織りの布のような裁断をするとパイルが緩んで、抜け落ちる。

イランではキリムは絨毯のような敷物ではなくて、壁装飾、テーブルクロス、玄関マット、ソファのカバー、カーテンなどに使われている。バザールの絨毯店では一般には扱っていない。
現在テヘランの市場に出回るキリムはコーカサス地方(グルジア、アルメニア)で作られた様式化図案(左図参照)の赤、青、黄色、アイボリー、緑などの明るいものが多い。
値段も大きさによるが、数十万円もするようなものはほとんどない。
流通量も多くて、観光客のお土産品のような取り扱いである。


テヘラン市内の古美術店で稀に出会うキリムの優品はクルデスタン地方のサナンダッジ(セネー)市のクルド族、あるいはホーラサン地方に居住するアフシャール族の作品である。これは数が非常に少ない。テヘラン絨毯美術館に展示されるものの多くは両民族のキリムである。
キリムの工芸的な評価が絨毯に比べて、低いのが理由なのか、美術館にも作品が少なく、過去にどのような傾向のキリムが製作されていたのか資料が全くない。
ここでテヘラン絨毯館に所蔵されている2点の中で20世紀初期の最も優れたキリムの1つを紹介しよう。  
20世紀初期 アフシャール族 
寸法 2.26x1.46m 縦糸:綿 横糸:毛


トルコ系アフシャール族はペルシャの偉大な遊牧民の一つである。サファヴィー王朝の末期に摂政として頭角を現したナーデイル クリー アフシャールはまた天才的な軍事指導者でもあった。彼はムガール朝、オスマン朝と戦って、ことごとく戦勝して旧サファヴィー朝の領土を取り戻した。1736年アフシャール王朝を確立してナーデイル王になる。
この民族の絨毯はバクテイヤリ、カシュガイと並んで、糸杉、生命の木、ボテなどのデザインで、きめの細かい色調バランスのとれたことが特徴である。
デザインはボテ文様(英国ではペイズリー)の中に幾何学的な樹木、花、葉を積み重ねた四種類の図柄のボテが屈曲した縦の境界帯を介して斜めに並べる。
しかし秀吉の陣羽織に使われた動物の闘争文様を描いたキリムは今まで見たことがなかった。
続く