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第397回講演会の予定

日時: 2012年5月15日(火) 13:00~14:30

演題: スーパーコンピュータ「京」の開発の物語

講師: 富士通株式会社 フェロー 井上 愛一郎 氏

コンピュータは誕生してから、やっと還暦くらいの新しいもので、私より少し年上のアラ還です。その黎明期のコンピュータとしては米国のENIACなどが知られていますが、日本でも早くから開発が行われていました。たとえば富士フイルムのFUJICは、レンズの設計に必要な複雑な計算を行う目的で、岡崎文次が1949年から開発を開始し、1952年12月から製造、1956年に完成しました。これは計算速度が人手でやっていたときに比べ1000~2000倍ほど上昇したという。FUJICは社外からも使わせてほしいという要望があり、会社に来て自由に使ってもらったが、なぜか社内の反響は特になかったらしいです。ENIAC もFUJICも真空管を使用していました。

一方、富士通は電話交換機で実績のあるリレーを使ったコンピュータの開発に取り組み、池田敏雄らが1954年にFACOM 100、1956年にはFACOM 128を完成しました。そしてノーベル賞受賞者の湯川秀樹は「人手では2年はかかる多重積分を3日で解いた」と高く評価し、国産旅客機YS11の設計に使われました。FACOM 128B(1959年製造)は、今も富士通沼津工場にあり、実際に動作するコンピュータとして世界最古と言われています。

黎明期のコンピュータを見ていくと、コンピュータは計算機=HPC(High Performance Computing)そのものであり、スパコンはなにもスーパーなど付けなくても、コンピュータそのものと言えると思います。すなわち、人がやっていては時間と労力がかかって到底出来ない計算を行うことが、コンピュータの本分であって原点なのです。だからこそ性能は、何よりも重要なのです。

スパコンはTOP500という、世界で最も高速なコンピュータシステムを評価するプロジェクトがあり、そこでの評価がもっとも一般的に世界で認知されています。

その中で、世界のスパコンの大半は米国のものと言っても過言ではなく、年2回発表されるランキングの1位もほとんど米国です。その米国には到底及ばないものの、日本もかつては米国に次ぐスパコン大国であり、過去にNECの地球シミュレータ(2002.06 - 2004.11)や富士通のNWT数値風洞(1993.11 - 1994.06、1994.11 - 1996.06)が世界一の座を獲得しています。そして富士通もかつては日本国内のみならず、海外、特にヨーロッパでビジネス展開を行っていました。しかしその後、日本のスパコンは次第に存在感を失ってゆき、かつてのスパコン大国は、近年は見る影もないありさまでした。

こうした中、一昨年11月には東工大のTUBAME2.0が1PFLOPS(1ペタフロップス=1秒間に1000兆回の浮動小数点の演算)超えて、世界4位に食い込んだものの、世界では中国が躍進著しく、長らく米国の独壇場だった1位の座を奪っています。しかし、これらのスパコンは、多くが心臓部に「パソコン」と基本的に同じIntelアーキテクチャCPU(IntelないしはAMD)を用いた比較的小型のコンピュータを多数接続してひとつのスパコンとしたものです。だから、数を増やしさえすれば、いくらでも性能の高いスパコンが出来そうに思われるかもしれませんが、その巨大さゆえに抱える問題は大きくなり、パソコンのグラフィック処理のためのチップをスパコンでも使えるようにしたGPGPU(NVIDIA Teslaなど)などのアクセラレータを搭載する動きも出ています。いずれにせよ、TUBAME2.0も、われわれの「京」が世界一となる前に世界一だった中国のNUDT 天河一号A(Tianhe-1A)も、「Intelハイッテイル」+NVIDIAでブーストと、技術の要は米国だのみで作られています。

このような状況の中、私たちは2006年から「京」の開発に取り組み、昨年6月に8.162PFLOPSで世界一、さらに11月には10.51PFLOPSで世界一の性能を2期連続で達成しました。そしてその性能は2位以下を3倍ないしは4倍と大きく引き離しました。私たちは、敢えて近年スパコンで主流となっているIntel系のCPUではなく、国産メインフレームに源流を持つSPARC64プロセッサをその心臓部に用いたほか、主要な部分は富士通が長年にわたるコンピュータの開発で培ってきた技術をベースにしています。そして小さなコンピュータを多数接続した構成という点は他のスパコン同様にですが、その接続方法には新たに私たちが開発した独自の接続方式を用いています。

「京」は、このように技術的に純国産といって良いものですが、実は、この圧倒的な数で構成される超巨大システムでまともに使えるものという点にこそ、その価値があり、そのためにこそ富士通のレガシーとも言える技術を全てつぎ込みました。逆に言うならば、今ある技術をベースに確実に「京」を実現するためには、あれだけの巨大さと大変なお金と労力が必要だったのです。しかし、ひとたび成功すれば、今度は、将来のコンピュータのあるべき方向に大きく舵を切っていくことができると思っていました。つまり超並列のコンピュータがまともに動く技術があり、その超並列のコンピュータ上で動くアプリケーションが作られていけば、一つ一つのコンピュータの大きさ速さに捉われることなく、果敢にシステム全体をより高密度、高集積にして、これまでのコンピュータでは到底処理できないような莫大な処理能力を持ったコンピュータを作っていくことが出来るということです。そしてこれは同時に、「京」ほどの性能が要らない場合には、現在の他の多くのスパコンよりもはるかに安価で、小さくて、消費電力の小さなコンピュータを作ることが出来る、その点で「Intelハイッテイル」とはまったく別の世界を築いていく、それこそが私の本当の狙いでした。

これまでコンピュータはひたすら人に使われる道具でした。しかし今、コンピュータは高速大容量のネットワークで世界と結ばれ、莫大な情報がコンピュータに入って来るようになり、そしてこれを巨大なストレージシステムに蓄積し、また、これらの情報を扱う多岐にわたるアプリケーションを身に付けるようになりつつあります。

パソコンをはじめ、これまでは、コンピュータを目の前において、そこにソフトウェアをインストールして、なにがしかの処理をさせる、これが当たり前でしたが、すでにスマートフォンに代表されるように、手元にあるのは入力が出来て表示が出来て、あとは通信ができるだけの簡単な装置で良く、あとは雲の向こうの見えないところから、サービスとして入力に対する応答が帰ってくる、いわゆるクラウドの世界がもうそこ、ここにあります。

私の友人が趣味で作ってきた将棋ソフトウェア=ボンクラーズは米長永世棋聖を破り、囲碁でもまたコンピュータは名人をしのぐようになりつつあるのですが、なにもこれは、将棋や囲碁に限ったことではないでしょう。

もちろんこれらの多く、コンピュータそのものも人が作ったものだし、ネットワークもそうだ。そして多くの情報は人が発し、これらの道具を使って何かをしようとするアプリケーションも人が作るものです。しかし、このことによって、今、コンピュータは人智を超える時代に入ろうとしています。人には寿命がありますが、コンピュータ上の情報は、消えることなく無限に蓄積され、そして、また新たなマシンの上で使うことが出来ます。そして途絶えることなく、クラウドのサービスを提供すればするだけ、新たな情報が爆発的な勢いでますます増えていきます。一方で、コンピュータの処理能力は10年で1000倍の勢いで増大してゆき、人間のように赤ん坊から新たな命が始まるのではなく、古今東西の叡智と情報、それを処理する能力を次々と引き継いでいくことによって、疲れを知らず、限りのない記憶力と、どんどん進化する処理能力を持った永遠の命をもち、人間の能力をはるかに超えた無限の叡智となっていく。これは近未来に起こると予想されることなのです。

「京」は、そのコンピュータの大変革の只中で、あの巨大な超並列マシンとして誕生したのです。これをどう使っていくかによって、「京」が真の意味を持つものとなるかどうか、運命の分かれ道だと思います。ここから先は、もはや私の仕事の範囲を超えています。

講師紹介

1980年3月東京大学工学部舶用機械工学科卒業。1983年11月富士通株式会社入社。2000年6月コンピュータ事業本部プロセサ開発統括部第二開発部長、2006年6月サーバシステム事業本部技師長、2008年12月次世代テクニカルコンピューティング開発本部長を経て、2009年6月から常務理事。2012年4月フェロー就任。


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