第 4 2 6 回 講 演 録

日時: 2015年4月15日(水)13:0015:30

演題: 地球を守り、命を守る緑 ~あなたは、子孫を守るとことができますか?~
講師: 横浜国立大学 名誉教授
    横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科専攻 特任教授 藤原 一繪 氏

阪神淡路大震災以降建物は耐震構造になってきているが、このあかがね倶楽部のある辺りは建築物が立て込んでおり、火災があれば大変なことになる。近くの公園の林は針葉樹のように見えるが、常緑広葉樹であれば逃げ場所となるので、一度確かめておいてはどうでしょう。今日は震災の時、緑の機能がどの様にして人の命を守ってきたかを話しますが、もとにあるのは地球環境問題です。緑の機能がどうして減災になるのか、また緑の多様性がどのように役立つのか理解していただきたいと思います。

1.東日本大震災とマツ林

海岸林が津波後どうなっていたかを調査しました。これまで海岸林は津波を弱め、各種の浮遊物の流れを抑制するとされ、津波の後も海岸林は残ってきました。しかし、今回の東日本大震災の津波はすべてが流されるという未曽有の大災害でした。残されていたのは宮城県の海岸林の一部だけでした。福島県、岩手県のものはほとんど残っていません。一か月後に被災地に行きましたが、残ったマツもほとんど枯れており、平地に入り込んだ海水もまだ引いていない状態でした。

南相馬市にある浄水場の高さ10mの段丘の所に10年前に作った森がありました。津波はこの10mの丘を越えて中に入っていき、その勢いで手前の森はなぎ倒されてしまいましたが、奥の方の森は残っていました。へし折られた木は一か月後には新芽を出し始めましたが、3年目の今年行ってみたら、芽を出していた木は浄水場の整備のため残念ながら取り除かれてしまっていた。

白砂青松のマツ林はほとんど流されているのに、森は残っている。残存マツ林は混交林である。落葉樹は芽が出る前の津波であったので影響を受けなかった。常緑広葉樹が受けた影響は木の種類によって違っている。森の背後は津波の影響が少ない。海浜植生は回復していることなどが現地調査の結果分かり、クロマツと広葉樹の混生林は津波の緩和に有効であることが示された。

この様な事実があるのに、従来の様なマツ林を作り直しているのは間違っていると思う。私の恩師である宮脇先生は、震災でできた瓦礫は外に出さずに、すべて地元で山を作って緑の長城を作るというプロジェクトを立ち上げ、現在東北に緑の長城を作っている。3月の終わりに南相馬市で2年目の植樹祭があり、5月には岩沼市で3回目の最後の植樹祭を行う予定である。岩沼市の「緑の長城プロジェクト」に昨年は7千人参加して植樹を行った。今年南相馬市では1900人が集まった。

生態学(ecology)は生物と環境の関係を研究する科学である。その生態学には自然の掟と言うべき三原則(生態学三原則)があり、我々を取り巻く環境に大きく関わっている。この掟をやぶったら何が起こるのか。自然のしっぺ返しが起きます。

2.阪神淡路大震災での緑の力

震災の後、ヘリコプターから震災を受けた地域の被害状況を見る事が出来た。焼けた跡に黒いものが目立った。これが何であるか疑問に思い、地上に降りて調べてみたら、筋状の黒いものは幅の広い並木であり、所々にあった黒いものは常緑の神社林や残存林であった。これらから緑の集団になった森は非常に強いことが分かった。

3.緑が人命を救った例・・・酒田市の大火、関東大震災

酒田市の大火(1976年)ではタブノキが生育していたお寺や街が生き残っていたという経験から、当時の市長が「タブノキ一本消防車一台」とのスローガンで並木をすべてタブノキに代え、学校にタブノキを植えさせた。10年くらいたって調べた結果、学校によっては災害の記憶が薄れ木を切ったり森をなくしたりしている所もあった。

関東大震災(1923年)の時、墨田区で安田邸の近くの横網町公園(当時は陸軍被服廠跡)に逃げ込んだ3万8千の人が熱風で焼け死んだが、同じ墨田区の清澄公園に逃げ込んだほとんどの人は助かった。ここには池があり、照葉樹の森があり、飛び火で火災が発生することはなかった。非常に違いが分かる例である。

4.スマトラ大津波

スマトラ沖大地震では過去最大と言われる48.9mの津波が襲来し、甚大な被害が発生したが、スリランカに残されていた森の所では森により大幅に津波が抑制されることが分かり、これが津波に対する森の効果を研究するきっかけになった。

5.洪水、豪雨

森は津波の大きさを低減できる。地震で火事が起きても火事の被害を低減できる。では、洪水の場合はどうだろうか。

タイでは森は奥地に残っているだけで、森らしい森は残されていないので、降った豪雨はただどんどん下流に流れてきて、洪水になっていた。中国でもほとんど森がないため洪水が頻発している。フィリピンでも同じような状態であるが、国をあげて自然林構成種の苗木を育成し、熱帯林を再生する活動を行っている。フィリピンで洪水の問題をどうするかというシンポジュウムがあり、招待された時に自然林再生方法を講演した。川の流域に森があれば、豪雨で降った大量の雨を一時的に吸収してくれるほか、水の流れを抑えてくれ洪水の勢いを弱めてくれる。

北海道大学の松永勝彦先生によると、森が山にあれば降雨を一時的に吸収し水の急激な流出を抑えるほか、水は山からプランクトンの餌となるフルボ酸鉄と一緒に川を流れ、海に注ぎプランクトンを育て、魚を育てる。「森は海の恋人」、この思想のもとに東北の養殖業者畠山重篤氏が山に木を植えている。フィリピンでも自然林を回復しようと国をあげてプロジェクトが活動を始めている。

6.地球環境問題

戦後日本の自然環境は変わった。戦前までは雑木林は燃料の供給など人と自然は共存して存在してきた。畑や水田の肥料もそこから得てきた。しかし、戦後は燃料革命で人々の日常の燃料は、薪や炭から石炭や石油に変り、雑木林の利用価値が大きく下がった。また、15年間で高速道路や新幹線、工場地帯の形成などで日本全国の環境が全く変わった。しかし、1970年代急激な工業発展で公害問題が発生し、公害裁判なども起こった。技術的には公害防止装置や技術が開発され、公害は抑制されるようになったが、80年代には①熱帯林の破壊、②地球温暖化とCO増加、③生物種の減少、④砂漠化、⑤酸性雨、⑥オゾンホール、⑦海洋汚染など地球環境問題が顕在化した。90年代には環境条約や環境回復などの動きが出てきたが、21世紀になり地震や豪雨など環境問題はますます大変なことになっている。地球規模において行われるミレニアム生態評価では3つの危機①人間活動や開発による危機、②人間活動の縮小による危機、③人間により持ち込まれたものによる危機が指摘されている。

地球規模での環境問題の概要は表に示した通りである。

問 題 点 主 な 原 因 影    響
 オゾン層の破壊  フロンガス  有害紫外線の増加
 地球温暖化   温室効果ガスの濃度上昇  温暖化、異常気象の発生、海面上昇、

 砂漠化、疫病増加、食糧生産減少

 酸性雨  イオウ酸化物、窒素酸化物  森林枯死、湖沼生物死滅、

 文化財・構造物破壊

 熱帯林の減少  焼畑、伐採  CO固定化低下、野生生物減少
 砂漠化  過放牧、過耕作、薪炭材の採取  食糧生産減少、気候変動、更なる砂漠化

7.地球温暖化

地球温暖化現象は地球全体が暑くなるのではなく、暑くなる所と寒くなる所と両方出てくる。その影響を一番受けるのは中緯度地帯である。中緯度地帯では雨が多く降り洪水が増える。暑いところが寒くなり、寒いところが暑くなる。

(1)氷河の融解・・・顕著な現象として見られるものにアルプス氷河先端の毎年の後退がある。

(2)照葉樹林化・・・日本でも森のなかに照葉樹が入り込み、はびこっている。スイスやヨーロッパアルプスの南山麓部では照葉樹林化が進んでいる所があり問題視されている。それほど冷え込まなくなっていることを現している。

(3)砂漠化・・・アフリカなどの乾燥気候下で砂地地域では、オアシスは地下水位が高いところに樹木が成長して森的なものを形成したところであるが、牧畜が盛んになり、羊や山羊が森に入り込んでどんどん食べてしまい、高いアカシアの森が形成されなくなっている。ケニアやセネガルで実際にみられている現象である。また、中国でも北京から車でたった2時間の所で昔は砂漠でなかったところが砂漠化している。現地では砂地と呼んでいる。

8.緑の機能 「横浜国立大学キャンパスの緑からのメッセージ」

3か所に分散していたキャンパスを統合して、ゴルフ場跡地に常盤台キャンパスが出来た。キャンパス内の所々に森があるが、これは宮脇先生が提唱してできた森である。統合して5周年記念に教職員がお金を出し合って宮脇方式で森を作ることにした。もとゴルフ場の跡で何もしなかった所はブッシュ状のものにしかならず、森は出来ない。いつも刈っている所は草原のままである。          

横浜国立大学のキャンパスで調査・測定した結果、森の植生機能として①気温調整機能、②防災機能(防火度の設定)、③植生自然度、④希少植物生育地(都市内のレフュージア)、⑤CO固定能力があることが把握された。これらのデータを重ね合わせて、災害時に逃げ込んだ際のもっとも安全な場所を示すマップを作成した。

9.生物多様性と里山

今、皆さんが見ている自然と言うのは一番いい所で安定しているものと、一番厳しい所で生育しているものの両方を見ることが出来る。南東北以南の低丘陵地の自然林では生育に一番良い所は照葉樹林となり、マツやスギは斜面など根が浅くても生育でき、他種との競争が少ないため、厳しいところで優勢に生育することになる。

ところが植林した所では、一番いい所に植林して生産量を上げるために手入れをし、競争をなくしている。それが生態的最適地と生理的最適地を一緒にしたものである。本来なら照葉樹林になる所を人為的にマツやスギの林にしているのである。自然植生を人間が代償植生に変えてしまっている。最近、手入れが行き届かなくなり、森林が荒れて来ている。

宮脇先生は、潜在的自然植生を再生しようと声高におっしゃっているのは、実は皆様の命を守るためである。これに対し京都大学の研究者は、雑木林などの多様性が高い林の方が重要であり、わざわざ自然林を再生する必要はないという意見であり、宮脇先生と対立している。

里山では、昔の人は自分の裏山に自然林を残し、遠くに雑木林を作り、そこから燃料など資源を得ていた。お寺などには自然林が残されていた。斜面は落葉と照葉との混交林にしていた。湿った所は水田に、乾いた所は畑にしていた。里山は多くの植物があるだけでなく、昆虫もたくさん存在している。自然林の中は真っ暗なので昆虫は少ない。だから里山は植物多様性があり、重要だというのが京都大学の学者の考え方である。それも重要だが、火事になった時は照葉樹林が必要であり、裏山に自然林を残したのは、斜面崩壊を抑えるためである。林の性格に違いがあることを認識しておくことが用途によって保全・再生を考えることが必要である。生物多様性が多いのが良いとは必ずしも言えない。その場所ごとに林の価値が違ってくる。

しかし、近年農村で、林業に携わる人が少なくなり森が人間と共生できなくなっており、里山が荒れて来ていることが問題になって来ている。行政と地域の人々が知恵を出し合い、活用化を考えるべき時である。

10. 自然林再生

周りに照葉樹林があれば関東大震災時の陸軍被服廠跡(現横網町公園)であった丸焼けになるような事は防げる。ほとんどの人が助かった災害に強い照葉樹林を作る活動があちこちで行われている。宮城地震では、家のまわりが自然林で囲まれた人家は崩れず助かっている。これは直根を持つ自然林の効用といえる。たとえば三井不動産の協力で住宅建設地の捨て土地に40-50cmの苗木を植えた。10年たって木は7mの高さで成長は早くはないが、根は6mの深さまで達し、しっかりと地面を押えていることが明らかになった。我々が出来ることは、命を守るためには管理がいらない災害に強い本物の自然林を地域の人と一緒になって創生・共生することである。この様な活動は環境教育になるし、自分の命を守ることに参加することになる。

命を守るために緑と付き合う。残すべき緑、管理すべき緑、再生すべき緑と、目的によって守るべき緑は違う。何が目的なのかを考えながら活動する必要がある。生態系のメカニズムを知り、命を守る総合的都市プラン(デザイン)を意識して、身の回りの緑の環境を調査し、一期一会の自然や命を守るセンスオブプレイスの発見や創生の為にできることから活動を始めましょう。子供たち、地域の人々、行政、企業人が一丸となり命を守る緑つくりをしましょう。

Q&A

Q1.東日本大震災で生き残ったマツ林は混交林というお話がありましたが、この混交林と言うのはマツ以外に高木があったという事でしょうか。

A1.いいえ、マツの下に後から生えたコナラ、モチノキ、サクラなどが高木の第2層として一緒に生育していた所が災害に強かった。これらの木はマツ林が手入れされずにいたため、勝手に生えてきたのである。今私たちが勧めているのは砂地にはマツと一緒に砂地に強い植物も植えましょうということです。マツは潮風にも強いので一緒に生活させることで他の木を守ってくれる。ところがマツだけにしてしまうとマツ枯れ病などにやられたり、競争できずに甘やかされる状態におかれ、マツ自身が命を縮めてしまう。だから残ったマツ林のようにいろんな樹木が混じったマツ林が良い。海に近いところのマツ林はトベラなどの低木と共生している。場所、場所により適正と思われる方法で混交林を生育するように勧めている。

Q2.レジュメに横浜国大の植生自然度と言う数値化された図があるが、何か基準はあるのですか。

A2.環境省では10段階にしているが、ここでは単純化するために5段階にしている。なにもない所は1、草原は2、低木は3、4は落葉樹林とか植林した樹林、5は自然林で、5の中に自然草原も含めている。

Q3.残すべき緑、管理すべき緑、再生すべき緑となっているが、選択できるのは日本のように恵まれた国での話であり、先生の講演にあった中国、ネパール、ケニアの様な所では植生自体が違っていると思われる。この様な所ではどのような指導をされたのでしょうか。

A3.この三か国とも自然林はほとんどない。いまネパールで行っているのはコミュニティフォレストという団体があり、寺院の周りに自然林を地域の人たちと一緒になって植樹・森林再生活動している。この活動を聞いた大統領から町の中に命を守る公園を作りたいとの要望がだされ、自然林の再生を行う予定である。中国でも,私たちは,それぞれの地域に適した自然林の再生を行っている。ケニアには自然林は断片的にしかなかったが、断片的な情報を解析して、自然林を再生している。

Q4.今日の講演の中にもあった里山ですが、近年は人口減少で手入れの行き届かない放置林のようになっている所も出始めている。これに少し手を入れて、自然林に再生する方法はないのでしょうか。

A4.自然林に再生する方法はあるが、今の所人手が不足している。里山としても、現在放置されている学校を教育委員会で管理して夏休みに各学校の林間学校に使い、植物、動物の観察や水田での稲つくり、自然林への再生などに利用していったら相当利用価値はあると思うが、そういう総合的計画はされていない。NPOの方々が自分たちの地域だけで、雑木林の管理を細々と行っているのが現状である。日本の山、特にスギ植林地も相当荒れている。植林された資源が利用されていない。荒れるままになっている。やはり総合的計画が必要である。

Q5.宮脇理論に反対する人たちが京都大学にいて、その論点が多様性の評価にあるとの話であったと思うが、よく理解できていないので対立点についてご説明をお願いしたい。

A5.宮脇先生は南の方では照葉樹林が潜在自然植生であり、命を守るために重要なので、この森を再生しましょうと主張されてきた。京都大学の先生は次のように主張している。照葉樹林にはたくさんの種類の木があるわけではない。動物のエサ場でもなく、昆虫もそんなにいない。照葉樹林と言うのは植物多様性ではどちらかと言うと低い方ではないか。それに対して里山は昆虫も鳥も、動物もみんな住んでいるのだから、雑木林の方が重要である。雑木林なら四季も感じられる。

両者の論点が違う。宮脇先生は命を守るためであり、すべてを照葉樹林に変えろと言っているわけではないのに、すべてを変えろと言っているように聞こえるという。実際宮脇方式で、山をすべて照葉樹林に変えることは経済的に出来ない。ある一定の地域を宮脇方式で自然林再生をやっているのが、実状である。

(記録:田邊 輝義