第 4 2 5 回 講 演 録

日時: 201518日(水) 13001500

演題: 水素エネルギーの利用と将来展望 ~燃料電池車の発売から水素社会の構築~

講師: 一般社団法人 水素エネルギー協会 顧問 岡野 一清 氏

7年前に燃料電池の講演をしたが、今回は水素エネルギーなので関連はあるものの、かなり違った内容になる。

水素の研究は長年続けられてきて、漸く技術的な展望が開けてきた。しかし国、自治体、産業界、学会は水素エネルギーの市場導入をいかに発展させるか困っていた。

国のエネルギー政策は原子力を中心に進められてきたが、東日本大震災により頓挫し、再生可能エネルギーを取り上げたものの種々の問題があり、原子力を代替できないことが分かってきた。水素の技術が進歩したこともあり、昨年国のエネルギー基本計画では世界に先駆けて水素に力を入れるという大方針が打ち出された。東京都もクリーンなオリンピックを目指して、選手村の電源やバスに水素を使用する計画で、水素導入に対する支援も始めた。産業界では石油産業のJXENEOS)が将来の石油産業の先細りを見越して、脱硫用の水素プラントをフル稼働して燃料電池車に水素を供給することにより、水素産業への転換を目論んでいる。

このように水素エネルギーには追い風が吹いてきた。今や世界は水素エネルギーを必要としているが、化石燃料に代わる水素エネルギーの導入は技術と多額の資金が必要となり容易でない。本講演では、水素を必要とする理由、水素の性質と特長、導入の意義、安全性や関連技術の開発、将来の水素社会構築への取組みと課題を含め、今ホットな話題の水素エネルギーの全体像を紹介する。

1.水素エネルギーはなぜ必要か

(1)今なぜ水素か ~地球環境とエネルギー問題の解決策~

地球環境問題とエネルギー問題は世界的な課題となっており、解決できていない。CO排出量が増えてきており、地球の温暖化とそれに起因する異常気象と生態系の異変が起きている。また、化石燃料消費が中国やインドのような発展途上国で限りなく増大し、2050年には2倍になるといわれている。したがってCOの排出量も増大することになる。地下資源である石油は46年、石炭は118年、天然ガスはシェールガスが見つかったので可採年数が延びたが200年で枯渇するといわれている。化石燃料の消費を減らすには省エネだけでは大きな効果が期待できず、化石燃料に代わっていくらでも使えるクリーンエネルギーが必要になるが、それは水素以外には考えられない。

(2)世界のCO排出量と低減対策

1990年に295ppmであった大気中のCO濃度は2012年に393ppmになり、2013年に396ppmになった。このことによって地球の平均気温が上がってきている。

CO排出低減対策として、①省エネはかなりやり尽くしているが継続して行わなければならないし、燃料電池の導入などは効果がある、②低炭素燃料への転換では化石燃料に代えて自動車や発電に水素を使う、③再生可能エネルギーの導入では導入量の増大と水素利用によって有効活用する、④COの分離・貯留(CCS)は日本では新潟付近に限られているために大量にはできないが、海外の油田などを利用する。以上のことからCO排出低減に対しての水素の役割は大きい。

(3)大気中のCO濃度推移と気温の関係

日本におけるCO濃度は、1987年の350ppmから2014年には400ppmに増加している。世界のCO濃度は、1800年の280ppmから2013年には396ppmに増加している。CO濃度の変化要因は化石燃料消費、森林破壊などの土地利用、植物活動の季節変動などによる。大気中のCO濃度の上昇と気温の上昇は同じ傾向を示して、1990年頃から急速に上昇している。

(4)CO削減に貢献する水素エネルギー利用分野

日本におけるCOの分野別排出量では、発電39%、産業26%、運輸17%、業務7%、家庭5%、その他5%である。発電と運輸は合せて50%を超えるが、水素利用が可能な分野である。発電分野では大容量水素タービン発電、水素エンジン発電、燃料電池分散発電があり、運輸分野では燃料電池車、水素エンジン車、燃料電池鉄道車両・船舶、燃料電池応用小型移動体、ジェットエンジン航空機がある。実験段階のものが多く、漸く自動車と燃料電池の一部が商品化された状況である。

(5)水素社会構築のステップ

水素社会とは化石燃料を水素に転換して化石燃料を使わないようにする社会である。水素社会を構築するには相当の年月が掛かる。短期的(20202025年)には、燃料電池自動車と家庭用燃料電池を普及させ、その他の燃料電池応用機器を商品化して燃料電池を中心とした技術を発展させる。燃料電池に使用する水素は既存の製油所の設備などで調達し、CO排出を容認(ネットの排出量は低減可能)して化石燃料から製造し、自動車用水素ステーションのインフラを構築する。

中長期には大量の水素を利用しなければならない。火力発電は水素タービン発電に切り替え、輸送機関では自動車だけでなく航空機や船舶など可能なものは切り替え、燃料電池は大型のものを増やす。大量の水素が必要になるので、国内外の再生可能エネルギーを利用してクリーンな水素を製造し、またはカーボンニュートラルなバイオマス発電で製造し、石炭や天然ガスを利用する場合は日本では難しいが海外でCOを隔離して製造し、大規模な国際的水素供給チェーンを構築する。

短期および中長期の共通事項としては、社会・産業構造の変革、法整備、社会の受容性醸成のための一般市民に対する啓蒙・啓発活動が必要である。

2.水素の特性と安全

(1)水素とは

水素は元素記号がH、元素番号が1、陽子1個と電子1個からなる最も単純な原子である。水素原子2個が集まって水素分子になる。宇宙に存在する元素の75%が水素であるが、地球上では単体として存在せず、他の元素との化合物の形で大量に存在する。水はHO、石炭天然ガスはCH(メタン)、石炭は炭化水素化合物、バイオマス資源はCHOで構成される有機物である。

これらの化合物は水素を含んでいるので水素を分離して製造する。水は電気分解によって水素と酸素になり、天然ガスは700℃ぐらいに加熱して触媒のもとで水蒸気と反応させると水素と一酸化炭素に分離される。水素は何らかの資源とエネルギーを使って作り出す二次エネルギーである。したがって、一次エネルギーよりもコストが高くなるというハンディキャップがある。

(2)水素の性質

水素は無色、無臭、無毒で軽いというメリットがある。水素の重さは空気の1/14と軽いため、屋外では直ぐに上方へ拡散してしまうので危なくない。-253℃で液体になり体積が気体の1/800になるので、液体水素を輸送・貯蔵に利用できる。万一液体水素が漏れても直ぐに蒸発して拡散してしまうので屋外で使用する場合は危険でない。水素は化学的活性が高く、高温や触媒の存在下では多くの元素や化合物と反応するので燃料電池や熱機関の化石燃料を代替する燃料になり得る。水素原子は小さいので分子や結晶に入って金属の水素脆化を起こす原因にもなる一方、水素吸蔵合金で貯蔵が可能である。燃焼限界が空気との混合比で475%と他のガスより広く(天然ガスは515%と狭い)、引火すると燃え、濃度が高いと爆発する。発火エネルギーが小さく燃焼速度が速く、火焔伝播速度が速く、分子運動速度が速いため配管の継ぎ手などから漏れやすい。このようなことから水素は危険なガスといわれるが、古くからアンモニアの合成などの産業用として大量に使われており、可燃性の都市ガスやプロパンガスと同様に適切な管理をすれば安全な利用が可能である。

(3)水素源と水素エネルギーシステム

水素エネルギーシステムは、水素を何らかの水素源から製造し、輸送・貯蔵し、電気または熱として利用し、使ったあとは水になるシステムである。

水素は多様な水素源から作り出せるが、再生可能エネルギー(太陽光、水力、風力、地熱)で発電した電力で水を電気分解して作るのが理想的である。もう一つの有力な資源は化石燃料(石油、石炭、天然ガス)で改質・ガス化によって作れる。バイオマスや廃棄物の場合は発酵・ガス化による。

水素が作れれば貯蔵しておいて、燃料電池やタービン発電で電気に戻すことができる。再生可能エネルギーは貯蔵できないが、水素にしておけば貯蔵ができ、好きなときに好きなだけ使うことができる。水素は多様な水素源から製造でき、エネルギーの貯蔵媒体にもなることが水素の特徴である。

(4)水素のエネルギーとしての特徴と導入の意義

水素エネルギーとしての特徴は下記の通りである。

① 環境負荷を低減するクリーンエネルギー・・・燃焼時にCOや有害物質を排出せず、水だけ排出

② エネルギー供給の安全保障強化・・・多様な資源から量産、特定地域に偏らず、大量貯蔵可能

③ 化石燃料に代わる実用的なエネルギー

④ 再生可能エネルギーの有効利用を可能にする貯蔵媒体

水素で地球環境保全と化石燃料依存脱却ができ、永遠に持続可能な社会を実現できる可能性を有す。このようなことができるのは水素エネルギーだけである。水と自然エネルギーがあれば、永遠に水素を供給することができる。

(5)水素の安全と安全管理

一般に水素は爆発するので危険と思われているのは、漏れ易く、燃焼限界が広く、着火しやすいためである。

① 漏れやすい: 分子量が小さく拡散速度が速いので漏れやすく、気を付けなければならない。

② 燃焼限界が広い: 水素の燃焼限界(燃焼や爆発を起こす空気との混合比)は475%で天然ガス(515%)と比較して範囲が広い。実際にはセンサーをつけたり、換気したりするので、高い濃度にはならない。天然ガスにおいても家庭では漏れないように使用しており、水素だからといって特別な管理は要らない。換気をして、燃焼限界にならないようにすればよい。

着火しやすい: 水素の最小点火エネルギーは0.02mJで天然ガスの約1/10といわれているが、空気との混合比が2030%の場合であって、混合比5%程度の場合は天然ガスとほぼ同じである。

米国の大学で火災実験した例では、水素車は水素の圧力が高いので炎を吹き上げて燃焼し、1分後には炎が小さくなり、2~3分後には消える。これに対して、ガソリン車は長時間燃焼が続くので、車両火災事故では、水素車の方が安全である。

水素が酸素と混じっても自然に爆発することはありえない。水素と空気の混合比が燃焼限界内(4~75%)にあるときに、何らかの火種に触れると燃焼や爆発が起きる。4%程度に低いときには、火も付かない。10%を超えると小爆発を起こし、5060%では大爆発を起こす。福島原発で水素爆発が起きたときには、放射能が漏れないように建屋が密閉されていたので30%以上になっていたと考えられる。火種を入れないか、燃焼限界内に入れないか、どちらかの条件で燃焼や爆発は起こらない。

したがって、安全管理の鉄則は、①換気をして水素が漏れても燃焼限界に入れない、②点火源である火気や静電気火花などを排除する、③水素の漏洩防止と漏洩検知を行うことである。屋外では空気より軽い水素は瞬時に拡散して燃焼限界に入らない。水素を取り扱うときは安全管理に細心の注意を要するが、水素の特性を理解して安全管理の基準を遵守することにより、天然ガスと同様に安全に使用することができる。

2002年に当時の小泉首相は燃料電池の商品化・市場導入を早くするよう国会で演説をしたが、規制緩和が必要であった。そのため、2003年度から2年間で水素の安全性の検証実験が大々的に実施され、2005年度から規制緩和された。規制していた法律は六つ(消防法、高圧ガス法、道路交通法、電気事業法など)あり、各省庁に跨るため通常は2年間で緩和することはできないが、小泉首相のトップダウンで内閣府に各省庁をコントロールする組織ができたためスムーズに進んだ。

検証実験ではドーム設備(内径18m、壁厚1.2m、高さ16m)に10億円、合計30億円が掛かったが、予算が直ぐに付いた。水素ボンベを火の中に入れたらどうなるか、自動車が爆発したらどうなるか、ドームの中で実験した。このような実験を屋内でできるのは日本だけである。模擬トンネルを作り、トレーラーに水素車、天然ガス車とガソリン車を4台ずつ積んで火災を起こして比較もした。水素車は天然ガス車と全く変わらない結果となり、水素が天然ガスと同じように使えるようになったのが第一次規制緩和である。現在は第二次規制緩和に向けて取り組んでいる。水素ボンベを銃で撃った場合についてはカナダで実施し、水素が100%であるため全く爆発しないし燃焼もしないことが検証された。

3.水素の製造・輸送・貯蔵・利用技術

(1)水素エネルギーシステムと必要技術

水素エネルギーシステムを利用するために必要な技術を右図に示す。水素源はいろいろあり、製造方法もいろいろある。化石燃料は熱による水蒸気改質法や部分酸化法、水は電気分解、バイオマスはガス化または発酵による。水素を使用するには輸送・貯蔵が必要で、700気圧の圧縮水素ガスでは鉄製容器、CFRP(カーボン繊維強化プラスティック)容器などが使用される。液体水素の場合は、-253℃なので断熱構造の車載容器や貯蔵タンクが必要である。貯蔵材料としては水素吸蔵合金、吸着材料、水素化物(メチルシクロヘキサンなど)がある。輸送においては、陸上輸送技術、海上輸送技術、液化技術が必要である。水素利用に当たっては、燃料電池や熱機関の技術が必要である。この他に安全対策技術や材料技術が必要である。現在これらの技術の開発が進められている。

(2)産業用水素の製造・供給の現状

日本で現在直ぐに調達できる水素はあるか?日本では水素は長年産業用として使用されてきた。石油の精製、アンモニアの合成、電子機器製造や食品産業で使用され、日本では約350m/年(全世界では5,000m/年)が製造されている。日本においては自家消費が主であるが、製造余力がある。精油所では47m/年の製造余力と副生水素があり、石油化学、食塩電解、アンモニア合成、製鋼コークス炉を含めて、日本全体で81m/年の供給能力がある。これは燃料電池車860万台の水素量に相当し、日本の自動車保有台数は現在8,000万台弱なので、1/10が燃料電池車に代わっても供給能力はある。

(3)水素製造技術(水蒸気改質法と水電解法)

天然ガス、LPGや石油系燃料では水蒸気改質法によって製造される。燃料ガスと水蒸気を700℃に加熱して触媒と反応させると、燃料に含まれる炭素と水蒸気中の酸素が反応して水素とCOが生成される(CHHOCO+3HCOはさらに水蒸気と反応して水素とCOを発生する(COHOCOH)。スタンドで使用する300m/hの小容量製造装置から、石油精製用の7万m/hの大容量製造装置まで技術が確立している。

水の電気分解にはアルカリ水電解法と固体高分子形水電解法の二つがある。アルカリ水電解法は電解液として水酸化カリウム溶液を使用し、Ni系触媒により、陰極では2HO+2e-→2OH+H、陰極では2O-→HO+1/2Oの反応が起こる。アンモニア合成などで何十年もの歴史があり、3万m/hのものまで作れる。一方、固体高分子形水電解法では高分子膜に関する技術的問題があるため1スタックで200 m/hのものまでしか作れない。

(4)水素の輸送と貯蔵

水素ガスは200気圧に圧縮して容積を小さくしてトレーラーで輸送する。大量に輸送する場合は、液体水素にしてガスの容積の1/800にしてタンクローリーやトレーラーで輸送する。川崎重工では16mの液体水素タンカーを開発中である。

液体水素は-253℃なので、貯蔵タンクには高い断熱性能が要求される。過去のWENETプロジェクトでは5万mの半地下タンクの概念設計を行った。100kWの水素タービン発電所では20基ぐらい設置しなければならないが、技術的には可能である。ケネディ宇宙センターではロケットの燃料に使用する3,000ℓの液体水素タンクがあり、世界最大である。

(5)水素の利用技術と利用機器の開発状況

水素ガスの体積エネルギー密度は12MJ/m、液体水素は10,000 MJ/mで、ガソリンは34,600 MJ/mである。重量エネルギー密度では水素ガスと液体水素は142 MJ/㎏で、ガソリンは 49MJ/㎏である。水素ガスは軽量であるが、ガソリンと比較して嵩張るので、圧縮して車両に搭載される。1㎝の容積に貯蔵できる水素量は200気圧では200㏄、700気圧では圧縮係数により比例して増えず478㏄、液体水素では865㏄である。自動車に搭載する水素貯蔵容器には、アルミまたはプラスティック容器の外周を炭素繊維と樹脂で補強した軽量の700気圧CFRP容器が使用されている。

水素社会で利用される水素エネルギー技術を下表に示す。これらの中で実用化されているものは少ないが、実用化に向けて開発が行われている。

動力源

用途

設備・機器

燃料電池

(純水素)

発電

コージェネ

移動用(<1kW)、バックアップ電源用(1-12kW

家庭用(<5kW)、業務用(>5MW

輸送機関

乗用車、バス、トラック、特殊車両、船舶、フォークリフト、鉄道車両、航空機補助電源、リニアモーターカー  (5kW -1MW

小型移動体

車椅子、カート、自転車、バイク(<500W

燃料電池

(化石燃料)

(バイオ燃料)

(メタノール)

発電

コージェネ

携帯電源

家庭用(<5kW)、業務用(5kW-3MW

発電用(MW級)

電子機器用(直接メタノール型)

エンジン

輸送機関

発電

乗用車、バス、特殊車両、船舶、機関車

ジェットエンジン航空機、MW級コージェネ

タービン

発電

大容量水素タービン発電(~500MW級)

ロケット

衛星打上げ

大型ロケット

乗用車、バスとフォークリフトは実用化され、燃料電池も実用化された。潜水艦もドイツ海軍で実用化され、遊覧船はオランダやドイツで使われている。電車はJRなどで試験走行が行われているが、未だ実用になっていない。電車はバス用の燃料電池で動かすことができ、実用化されれば架線が不要で、架線事故がなくなり、架線のメンテナンスもなくなり、大きなメリットがある。スペインでは路面電車が試作され、航空機用のジェットエンジンはドイツで完成している。水素タービン発電は、UAEのアブダビとカリフォルニアで40kWの発電機が計画されており、2018年に運転が開始される。1万kWの小さい発電機がイタリアで運転されているが、効率が悪く、実験用のものと考えられる。

4.燃料電池車の現状

(1)トヨタ燃料電池車“ミライ

トヨタは201412月に燃料電池車“ミライ”を発売し、市場拡大を狙って5,680件の特許の無償提供を開始した。“ミライ”の発売により、水素が石油に代わる将来のエネルギーであることを知らしめる効果は大きい。まさに水素社会の扉を開いたといってよい。未だ価格は高く723万円であるが、国の補助金が202万円、東京・神奈川・埼玉などの補助金が101万円出る。さらに横浜市は10台に限って50万円の補助金を出す。2015年1月16日現在の受注台数は1,500台で、今注文しても2年待ちである。トヨタは生産能力を2015年の700/年から2017年に3,000/年に引き上げる計画である。

燃料電池車の特徴としては、①走行中にCOや有害な廃棄物を出さない、②ガソリン車と同等の利便性がある、③加速性や操縦性が良い、④燃費が11.6/mでエネルギー効率が高い(総合効率40%)、⑤低騒音であることが上げられる。

燃料電池車の仕組みを下図に示す。CFRP製の水素タンクに蓄えられた700気圧の水素ガスは制御弁を通して燃料電池に送られ、発電された電力はDC/DCコンバータによりバッテリーに蓄えるとともにインバータにより交流にしてモータを回す仕組みである。ハイブリッドシステムの採用で、回生ブレーキによりバッテリーに電力が蓄えられ、非常に効率がよい。

(2)世界の燃料電池車発売予定

トヨタ以外では、ホンダは2016年3月に発売予定で、GMはホンダと量産モデルを開発中で2017年に発売予定である。日産・ダイムラー・フォードは共同開発して2017年に発売予定で、トヨタ・BMW2020年に本格普及型を発売予定である。韓国の現代は2013年に量産モデルを開発してリース販売中であるが、価格が1,500万円と高く、900万円に下げたが余り売れていない。

(3)燃料電池車の非常用電源としての新用途

東日本大震災以降に出てきた日本ならではの提案であるが、燃料電池車や燃料電池バスは水素と発電機により災害時に非常用電源として使用できる。ホンダの燃料電池車はACインバータをオプションで売り出す予定で、一般家庭で1kW10時間使って6.3日分の給電が可能である。トヨタの燃料電池バスは体育館の照明に1日12時間で5日分の給電ができる。

(4)燃料電池バスの動向

バスは価格が3億円と高かったが、1億円に下がってきた。東京都はオリンピックの2020年までに100台導入する計画である。低騒音で排気ガスがでないので都市環境によい。

(5)燃料電池車と電気自動車との比較

電気自動車は日産からリーフ、三菱自動車からアイミーブが発売されたが、実際に使用してみて短距離用であることが分かった。燃料費は安いがバッテリーに限界があり、228㎞の走行が可能であるものの、ヒータを使用すると半分ぐらいになってしまう。近場の買い物などには最適である。一方、燃料電池車はガソリン車と同じように使用でき、電気自動車と明確に棲み分けされる。

(6)各種自動車のエネルギー効率・CO排出量

車種

燃料

効率

車両

効率

総合

効率

燃料電池車

67%

59%

40%

電気自動車

39%

85%

33%

ガソリン

ハイブリッド車

84%

40%

34%

ガソリン

エンジン車

84%

23%

19%

各種自動車のエネルギー効率を右表に示す。燃料効率については、ガソリン車は石油からガソリンを作るので効率が高いが、燃料電池車は水素を天然ガスから作るので低い。電気自動車は火力発電で作った電気を使用するのでかなり低いが、バッテリーを使うので車両効率が高い。総合効率は燃料効率×車両効率であるが、ガソリンエンジン車が他の車種よりもかなり低い。

各種自動車のCO排出量を下図に示す。燃料電池車は水素を何から作るかによって異なるが、自然エネルギーの水電解ではCO排出量が少なく、走行時にはCOを排出しない。電気自動車も走行時にはCOを排出しないが、石炭火力で電気を作ると排出量が多い。ガソリン車等は走行時にCOを多量に排出する。

5.自動車用水素インフラの構築

(1)水素ステーションシステムと水素充填

水素を利用するためには水素ステーションを沢山作る必要がある。水素の輸送方法によってステーションも種々の方法がある。圧縮水素ガスを充填する場合は、燃料電池車に充填ノズルをワンタッチで取り付けて、ボタンを押せば700気圧の水素ガスを3分間で充填でき、ガソリンよりも簡単である。

(2)日本の水素ステーション設置計画と課題

国の方針では来年までに100か所設置することになっており、20132014年度に補助金を交付したのは45か所である。建設費が4~5億円掛かり、1か所で2,000台の車両顧客が必要であるが、燃料電池車が少ないために補助金を貰っても赤字になるので、年間2,000万円ぐらいの運営補助金を出すことになる。自動車会社も運営費の一部を負担すると言い出している。立地問題からセブンイレブンと岩谷産業が組んでコンビニに水素ステーションを設置する話もある。また、豊田通商・岩谷産業・太陽日酸の3社が合弁会社を設立し、安価な移動式ステーションを計画している。

(3)水素燃料のガソリン等価コスト

水素ガスの価格は、JX日鉱日石が89/m1,000/㎏)、岩谷・東ガスが98/m1,100/㎏)である。ガソリンの価格が130/ℓとすると、燃料電池車の燃費はガソリンエンジン車より安く、ハイブリッドエンジン車より高い。ガソリン価格が150/ℓになればハイブリッドエンジン車と同じになる。

6.燃料電池の現状

燃料電池は発電効率が高く部分負荷でも効率が低下せず、大気汚染物質を排出せず環境性に優れ、電気と熱が同時に利用できるために総合効率が80%と高いことから期待されている。

(1)日本の家庭用燃料電池エネファーム

国の支援で20052008年に3,307台の実証試験を実施した。2009年から国の補助金を得て世界初の市場での販売を開始し、2014年9月現在で10万台普及した。未だ高いので補助金(今年は30万円)を出している。東京ガスとパナソニックは2013年の199万円から2015年4月に150万円まで値下げした。

(2)日本と世界の業務用燃料電池

日本では余り普及していない。富士電機が100kWのりん酸形燃料電池を作っており、病院などで使われている程度である。外国では業務用の燃料電池が沢山使われている。日本は家庭用に偏った支援をしているためである。

米国や韓国で普及し、韓国では世界最大の59MWの燃料電池発電所が設置されている。韓国は通常の電気料金の3倍の価格で買い上げるので儲かる。設置するときも半額ぐらいの支援がある。

北九州市では新日鉄八幡から副生水素を街へ送る1.2㎞の水素パイプラインを敷設して、業務施設や集合住宅で燃料電池、燃料電池車、水素ステーションなどに使用する実証試験が2011年度から北九州水素タウンで実施されている。

7.水素タービン発電

二つの方式がある。水素・空気燃焼方式と水素・酸素燃焼方式である。後者は効率が約60%と高いので理想的であるが、ガス入り口温度が1,700℃と高温になるために耐熱材料の開発などが必要で、現時点では作れないものの、いずれ作れるようになると考えられる。当面は効率が約4850%とやや低いが、水素・空気燃焼方式のタービンとなる。

三菱重工では1,600℃級の天然ガスを使ったタービンを開発中である。それまでは1,500℃級であったので、段々温度が上がってきている。川崎重工では小容量の3万kW級の水素・空気燃焼タービンを開発しており、直ぐにでも動かせる。千代田化工建設は川崎市と共同で、2020年までに9万kWの水素タービン発電所を川崎市内に建設する計画を進めている。世界ではイタリアで12,000kWの水素タービン発電所があるが、効率が低く実験用と考えられる。カリフォルニアとアブダビでは、40kWの水素タービン発電所が2018年に運転開始の予定で計画されているが、遅れ遅れになっている。

8.水素社会の構築に向けて

(1)日本政府の水素エネルギーに対する政策

日本政府は2014月に水素を織り込んだエネルギー基本計画を発表した。水素エネルギーに対する積極的で画期的な世界の最先端をゆく政策である。水素社会の実現を目指し、水素を電気・熱のほか将来の二次エネルギーの中心的役割を担うものと位置付けた。2003年に当時のブッシュ大統領は将来のエネルギーは水素であると演説したが、日本では今まで水素は燃料電池の燃料であるとの位置付けであった。エネルギー基本計画のロードマップでは、2025年頃に定置用燃料電池の普及、燃料電池車価格低減・普及、2030年頃に水素発電等の新たな技術の実現、水素製造・貯蔵・大量輸送技術の開発推進、2040年頃にCOフリー水素の製造、輸送・貯蔵の本格化が上げられている。国が本気になって進めなければエネルギー転換はできないが、漸く本気になってきた。

東京都では2020年のオリンピックでの活用に向けて、水素エネルギーを未来型都市づくりに組み込むことになった。2020年には燃料電池車6,000台、燃料電池バス(都バス)100台以上、水素ステーション35か所、家庭用燃料電池15万台の計画を打ち出している。2014年度の補正予算と2015年度の予算で52億円が使える。燃料電池車購入補助金は101万円/台(国の補助金の半額)、水素ステーションの建設費は5億円であるが、国の補助金は2.2億円、都の補助金は1.8億円で、事業者負担は1億円(ガソリンスタンドと同程度)で済む。

(2)水素導入の量的課題

水素の導入によってCO削減効果を期待するなら、日本で消費する化石燃料の10%を水素に代替することを目標にすべきで、年間1,000mの水素ガスが必要である。今日本で直ぐに調達できる水素ガスは、前述したように81mである。日本で天然ガスから水素を作ると、CCSCOの分離・貯留)による処理ができない。大量の水素を調達する方策としては、海外の石炭ガス化/CCS、天然ガス改質/CCS、再生可能 エネルギー利用の水電解が主要な水素源となる。

(3)水素による再生可能エネルギーの有効利用

再生可能エネルギーの風力発電は通常電力系統に接続して利用しているが、僻地で送電網がない、余剰電力を利用することが困難である、資源豊富な海外での電力を利用することが困難であるなどの問題がある。風力発電の電力で水電解により水素を作れば、消費地へ水素を輸送して貯蔵することができる。ドイツでは余剰電力で水素を作り、天然ガスパイプラインへの注入・貯蔵を始めている。このように水素を介せば、再生可能エネルギーは有効に使用できる。

アルゼンチンのパタゴニア地方では年中強風が吹いており、風力発電機が大草原に70万台ぐらい設置できる。全発電量の1/3の電力で水素を作れば、日本で消費する化石燃料の50%を水素に代替することができる。現在は水素を作る実験が行われており、世界中が狙っている。

(4)海外からの水素供給チェーン構想

海外で水素ガスを作る方法として、シェールガスなどの天然ガスの改質で水素を作り、COCCSで貯蔵する。川崎重工は、オーストラリアで利用価値のない水分の多い石炭である褐炭をガス化して水素を作る計画である。2017年から輸送を開始し、2025年には65kWの発電所に使用できる量を輸送する計画である。これら以外ではアルゼンチンなどの風力発電で水電解して水素を作る方法がある。

水素は液体水素として輸送し、極低温タンクに貯蔵し、気化させて使用する。液体水素は1/800の容積になるが、-253℃なので取り扱い難い。千代田化工建設はトルエンに水素を添加してメチルシクロヘキサンという化学物質を作る方法を開発している。常温常圧で取り扱えるので輸送が簡単であるが、水素を取り出す脱水素反応器の触媒の寿命が短く実用に不安があるが、2020年に川崎市で9万kWの水素タービン発電所の運転開始を目指している。

川崎重工と千代田化工建設の開発は本来国が行うべきものであるが、今年から補助金が出るようになった。このような開発を行っている国はなく、日本は最先端を進んでいる。

(5)水素社会構築に関する重要課題

水素社会の構築とは、化石燃料使用量の可能な限りの削減(水素エネルギーへ代替)と、再生可能エネルギーの最大限の利用(貯蔵媒体の水素を利用)を達成することである。このためには、未だ商品化されていない燃料電池の応用(輸送機関、水素エンジン、ジェットエンジンなど)、燃料電池と応用設備の普及拡大(国の普及支援、インセンティブ、燃料電池車のコスト低減など)、水素タービン発電所の大容量発電への水素の利用、水素ステーション整備と水素コスト低減、海外からの水素大量調達が課題である。

(6)水素社会を構築するために

気候変動の原因となる地球温暖化防止の最も有効な対策は化石燃料消費を最小にし、水素の導入を最大にすることである。水素社会の構築は国の主導と産・官・学の協力が必要であるが、水素のユーザーになる市民の理解と協力も不可欠である。早く実現しないと、地球が壊れてしまうかも知れない。

Q&A

Q1: ツェッペリンの飛行船の水素爆発原因は?

A1: のちにNASAが詳細に分析・解明して発表している。飛行船がアメリカに着いて着陸の準備をしていたときに、たまたま雷雲が発生していたため静電気を帯びていた。飛行船の外壁には燃えやすいアルミナ系の耐熱塗料を塗っていたため、着地の際に静電気で着火した。塗料が燃え、中に蓄えてあった水素が燃えた。水素から火が出た訳ではない。

Q2: 自動車の水素ガスは燃料補給時も安全か?水素ガスは拡散する条件で使えば問題ないか?

A2: 10年前から4050台の車を何十万㎞も走らせて安全性の試験をしているが事故は起きていない。屋外で使う場合は漏れたとしても安全である。屋内で使う場合は注意を要する。

Q3: 燃料電池は小型車でも使えるか?

A3: 各自動車メーカーは軽自動車で試作したことがあるが、燃料電池が高いので小型車では不利である。あと10年ぐらい経って燃料電池が安くなれば、軽自動車にも使われる可能性は十分ある。

Q4: 自動車の燃料電池と電気自動車のバッテリーの大きさは同じ程度か?

A4: 燃料電池車は燃料電池の外にバッテリーを持っていなければならないので、燃料電池車の方が少しスペースを大きくとるが、余り違わない。

Q5: 水素を水電解で作るコストと天然ガスから作るコストの違いは?日本の水電解技術は?

A5: 日本の水電解技術は遅れている。1930年頃肥料を作るため大量のアンモニアが必要になった。水力発電が盛んで電気料金の安いノルウェーやカナダでは、大容量の装置が沢山作られた。日本では電気料金が高いため、水電解技術を使おうとしなかった。1980年頃には天然ガスや石油を改質して作る大容量水素製造装置が作られるようになった。コストは電気料金いかんである。アルカリ水電解は大容量に向いているが、日本には技術がない。神戸製鋼の子会社の神鋼環境ソリューションが固体高分子形水電解装置を製造・販売している。この方式では世界的にも小容量のものしか作れない。

Q6: オーストラリアで石炭から水素を作るのとアルゼンチンで風力発電によって水素を作るのとでは、CO発生の点で後者の方が世界的にコンセンサスを得られるのはないか?

A6: 石炭から水素を作ったときに出るCOCCSで分離して油田に貯留する。アメリカでは沢山の実績があり、油田にCOを入れると岩から石油が出てくるのでCCSはペイする。この方法は世界的に認知されている。将来は天然ガスを輸入せず、コストが合えば水素にして輸入することもあり得る。

Q7: 災害時には電気の復旧が一番早く、燃料電池を動かせばどの程度の水が取れるか?

A7: どの程度取れるか計算していないが、初めて燃料電池を搭載した宇宙船ジェミニ5号では燃料電池で作った水を飛行士の飲料水に使用したことがある。

Q8: 車や家庭で燃料電池を使う場合は安全か?

A8: 車の中に水素は入らない設計になっている。家庭で使う場合は屋外に設置する。屋内に水素を引き込むのは、換気設備がないので危険である。都市ガスは屋内に引き込んでいるが、硫黄酸化物で悪臭を付けている。水素ガスに悪臭を付ける種々の実験を行われたが、全て触媒を劣化させるので付けられず、国もそれを認めている。

(記録: 池田)