第 4 0 9 回 講 演 録

日時: 2013年7月17日(水) 130014:55
演題 “Suica”が世界を変える! ~新しい社会インフラ創造への挑戦~
講師: JR東日本メカトロニクス株式会社 代表取締役 社長 椎橋 章夫 氏


はじめに

私は長い間、自動改札機、券売機、エレベータ、エスカレータ、空調などの駅の機械設備を担当していた。1990年に磁気式の自動改札機が導入され、首都圏の激しい使われ方では10年後には取り換えの時期が来ることは事前に分かっていた。このため、今から考えるとかなり無謀なところもあったが、磁気媒体をICにすれば便利になると考えて、入念な準備の上で、導入に踏み切った。私はこのときにICカード(Suica)と巡り会った。当時は、まさかこのように発展するとは思っていなかった。本日はSuicaを導入した経緯、Suicaの現状、Suicaの今後の展開について述べ、Suicaの本質を明らかにしたい。そして最後に、Suicaという「ものづくり」を通して感じたことについて述べる。

 

1.自己紹介

昭和28年6月埼玉県日高市で生まれ。高麗(こま)小学校、高麗(こま)中学校を経て、昭和44年4月川越工業高校機械科に入学した。数学と機械実習が(先生も含めて)好きだった。機械工学をさらに深く学びたい、との思いから昭和47年4月埼玉大学機械工学科へ入学した。大学では技術馬鹿にならないよう教育学科の絵(水彩画)と書道(草書)も受講した。また、鉄道の旅と山が好きで、旅行研究会(山の会)に所属していた。

昭和51年4月日本国有鉄道に入社、昭和62年4月東日本旅客鉄道㈱上野機械区長、平成16年7月本社鉄道事業本部Suica部長となった。平成1812月には東京工業大学でSuicaの技術論文で博士号(工学)を取得した。平成19年7月本社執行役員IT・Suica事業本部副本部長となり、平成24年4月からはJR東日本メカトロニクス㈱代表取締役副社長、本年6月には同社代表取締役社長となった。

趣味は鉄道、特に乗りつぶしである。昭和50年3月にはシベリア鉄道を全線乗車した。その他には、自作パソコンや映画観賞がある。

 

2.Suicaってなに?

SuicaはIC乗車券で、タッチ&ゴーにより改札機の「R/W:リーダー・ライター(読み取り・書き込み装置)」に軽く触れるだけで、処理時間0.2秒で改札機を通過できる。なお、首都圏の自動改札機(JR東日本)のICカード乗車券の利用率は2013年6月現在で約89%である。

Suicaの中身は右図に示すように、アンテナ(コイル状)と四角形のICチップ(丸いSUS板で保護)が内蔵されている。ICカードとは、プラスティック・カードにICチップ(超小型パソコン)を埋め込んだカードの総称である。

Suicaを使用することで、毎日の生活が大きく変わった。その事例として、Suicaは以下の利用が可能である。今後さらなる利用対象の拡大が期待されている。

① 自宅マンションを出発・・・「びゅうパルク本鵠沼」などではマンションの鍵として使用

② バスに乗車・・・2007年3月に開始されたPASMOとの相互利用により、首都圏のバスは現在74事業者、約14,800

③ コンビニで買い物・・・駅のコンビニ「NEWDAYS」や[セブンーイレブン]、「ローソン」など

④ 鉄道に乗車・・・2013年3月の全国相互利用により、各都市圏の鉄道、バス約140事業者

⑤ 食券を購入・・・駅構内等のそば屋・カレー屋・ラーメン屋などの食券券売機180

⑥ 地下鉄に乗車・・・2007年3月に開始されたPASMOとの相互利用により、首都圏の鉄道は現在31事業者、1,291

⑦ 会社へ出社・・・200箇所以上のビルでSuicaビル入退館システム

⑧ 飲料自販機で飲料購入・・・駅ナカ約7,540台、街ナカ約46,300台の飲料自販機

⑨ 食堂で昼食・・・社員食堂や学生食堂で、スピーディーな決済

⑩ 駐車場料金の支払い・・・「タイムズ」や「都庁前駅駐車場」など約230箇所

⑪ カフェで支払い・・・「サンマルクカフェ」約100店の他、駅構内や駅ビル等のカフェ

⑫ コインロッカーの使用・・・主要駅構内の約380台のSuicaロッカーで、支払いと鍵の役割

⑬ モバイルSuicaでチャージ・・・通信機能を利用して、いつでもどこでもチャージ、会員数311万人

⑭ レストランの支払い・・・「スカイラーク」系列約1,780店、「てんや」約110店、「松屋」約540店など

⑮ グリーン車Suicaシステム・・・車内改札を省略、東海道線、横須賀線・総武線快速、湘南新宿ライン、宇都宮線、高崎線、常磐線の普通列車グリーン車に導入

⑯ スーパーで買い物・・・「イオン」系列店約12,130店、「サミットストア」100店など

⑰ タクシーで料金支払い・・・約10,610台(首都圏ではほぼ全て)

⑱ イエナカでチャージ&ネットショッピング・・・モバイルSuicaでの決済可能サイト数約13,000、カードタイプでのインターネットサービス利用可能サイト数約5,000

 

3.『イノベーション0』 国鉄改革とJR東日本 ~民間会社とは?(構造改革と意識改革)~

私が入社した時(昭和51年度)の国鉄は、職員数約42万人の超巨大企業であった。全国一元的運営、経営管理の限界を超えた超巨大組織、競争意識の欠如などから膨大な借金ができた。1987年の国鉄改革では巨額債務の解消のため旧国鉄を分割・民営化し、地域別の旅客鉄道会社6社(JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州)と貨物鉄道会社1社(JR貨物)が誕生した。現在のJR東日本は社員約52,600人、収入約1.9兆円、駅数約1,700、利用者数約1,600万人/日(世界最大)の会社となった。

私から見た国鉄改革は、入社後11年で、「まさか国鉄が潰れるとは・・・」思っていなかった。強烈な意識改革により価値観が180°変わった。「利益=収入―経費」から生まれるということは大変に新鮮であった。国鉄では予算がつけば全部使うのが当たり前で、そういう概念がなかった。企業理念も新鮮であった。指針を唱和し、会社(法人)組織として行動することになった。また、一人称が主体で、「私が変われば会社が変わる!」との考えで、「何でもやって見よう!」というチャレンジ精神が生まれた。

こういった背景から、やがてSuicaが誕生することになるが、恐らく国鉄のままではSuicaは生まれなかったと思う。新生JR会社の「何でもやって見よう!」というチャレンジ精神旺盛な企業風土の中からSuicaが生まれたと考えており、国鉄改革を「イノベーション0」とした。

 

4.『イノベーション1』 「磁気切符」から「IC乗車券」へ ~コア事業(=鉄道)の革新~

(1)乗車券のIC化の意味するもの

鉄道事業において、「乗車券」は、これまで100年以上の間、輸送の「対価の証票」に過ぎなかった。しかし、乗車券をIC化したことによってセキュリティの高い状態で、しかも多くの情報量が格納できる。また、電子バリュー機能により、決済ビジネスとして電子マネー事業等が可能になった。個別認証機能は、認証ビジネスとしてマンションのキーや入退館ビジネスに使用でき、ポイント付与の対象としてのマーケティングにも使用できる。媒体ビジネスとしては、クレジットカードなどのカードと一体化することや、携帯電話と一体化(モバイルSuica)することも可能になった。更なるビジネス領域への展開や既にあるサービスと組み合わせたビジネスも考えられ、乗車券のIC化は「拡張性」という革新をもたらした。

このように鉄道事業の中の「改札」という、たったひとつのプロセスの100年来の改革が、思わぬ方向に発展したといえるが、そこには多大なエネルギーが必要であった。

(2)夢のカードへの挑戦 ~Suicaの開発と導入~

【自動改札機での処理】

磁気式自動改札機では切符を投入口から自動搬送するが、JR東日本の改札機では投入口から放出口まで1m15cmある。人間が改札機を通る平均速度は1m/秒であるので、約1秒で改札機を通り抜ける。その間に読出し→判定→書込み→書込み確認を行う必要がある。磁気式自動改札機の投入から放出までの処理時間は0.7秒であるので、切符は0.3秒ほど人より早く出てくる。一方、ICカードでは人間が手に持って移動するが、電波の届く範囲は電波法の制限から直径20cmの半球状で、そのエリアを通過する間に存在確認→認証→読出し→判定→書込み→書込み確認を行う必要があり、その処理時間は0.2秒以内が必須である。このため、自動改札機が一番難しい技術であり、開発に長期間を要した。

【鉄道用ICカード開発の歴史】

ICカードの開発は国鉄時代の鉄道技術研究所で始まり、JR総研(公益財団法人鉄道総合技術研究所)からJR東日本に引き継がれた。基礎開発の結果を取りまとめて、フィールドで3回の試験を行い、1997年度末に実用化可能と判断した。その後4年掛けて実用化のシステムを作って、2001年に導入した。開発から実用化まで、16年という歳月が掛かった。

Suicaカードの使い方】

電波は目に見えないため、分かり難い。ICカードの通信範囲は直径20㎝の半球状である。このため「かざす」という言葉では上部を通るだけで0.2秒の処理時間が確保されない。本当は触れなくても良いが、「触れるようにして前に進む」という「タッチ&ゴー方式」を考え出した。ICカードがいかなる角度で入ってきても、いかなる角度で出て行っても0.2秒は確保できる。技術では解決できないことを運用でカバーしたことになる。

Suicaのふしぎ】

Suica定期券の青い文字は複数回の「書換え」が可能である。ロイコ・リライト方式を採用し、カード表面にロイコ・リライト材料をコーティングしてある。原理はリライト材料をある温度に上げて急激に冷却することにより発色状態となり、ゆっくり冷却すると結晶化するので消える。消え残りを少なくするように発色させたり、反対に発色をある期間保つようにするのは意外に難しい。私は当時、IC定期券への印字は不要と考えていた。しかし、導入当初はICカードのことを全く知らない駅員やお客様にとっては必要であったと、今では思っている。しかし、いずれは無くしたいと考えている。

Suicaにはカード毎に世界でひとつだけの固有のID番号(JE××××××××)が、カード裏面下部に記載されている。カードの固有番号はICチップにも書き込まれている。カード再発行サービスのために入れたが、Suicaの「拡張性」が生まれた重要な要因にもなっていると思う。

【セキュリティ】

紛失・障害時に駅の窓口に申し出れば、本人確認をし、ID番号が分かる。ID管理センターサーバにネガティブデータとして登録され、そのデータは直ぐに全ての端末に配信されるので、拾った人は使えなくなる。カードの利用停止が出来たので、定期券の残期間やバリューを含めて再発行する。このように、セキュリティの確保と再発行という新しいサービスの提供により、安全と安心が確保できる仕組みとした。

【夢のカードへの挑戦(まとめ)】

最初2人で始まったプロジェクトは、やがて200人の体制になった。このプロジェクトで使ったお金は460億円である。IC乗車券システムの開発における真のサービスとは、高速で正確で安定したシステムという相互に相反するニーズへの挑戦であった。このような難しいテーマが与えられると、「提供する側の視点(論理)」ではうまくいかない。「使う側の視点」に立って、多少トラブルが起きても使う側が不便に気付かないような仕組みにするしかないと思った。このため、本当のサービスへの挑戦として、お客様・社員・社会にとって良いものを作ろうと取り組んできた。例えば、人間と機械の関係(マンマシン・インターフェイス)では、「タッチ&ゴー」、「振り返り処理」、「リーダ/ライタ・カバーのデザイン」等があり、全く新しい商品の利用法をお客様に説明書なしで、どう伝えるか悩んだ。マニュアルを読まずに改札機のところで使い方を分からせなければならない。このため、あらゆる利用ケースを想定してシステム開発を行った。

(3)実用化システムの導入へSuicaプロジェクトの推進 ~終わりの見えないプロジェクト~

Suicaプロジェクト(まとめ)】

・ 投資額は460億円

磁気式自動改札機の老朽更新の費用は当時約330億円であった。IC化では更に130億円必要になる。この投資対効果を出さなければならない。IC化によって収入が増えると考え、営業部門と相談したが相手にされなかった。そこでメンテナンスコストを削減することしかないと考え、ICカードの普及率を想定して算出した結果、10年で130億円の削減が可能と判明した。しかし、これだけでは役員を説得できないので、 三重の同心円(後述)を描いてSuicaの将来像を説明した。

・ どうやって進めるか?

トップダウンで進め、また組織横断的な権限を持っている経営幹部の参画が必要であると考え、当時の副社長にプロジェクトの主査になって貰い、自分と自分のチームは事務局という形で全体を引っ張ることにした。

・ システムを愚直に検証(22,800件と550万件、後述) 

・ 首都圏一斉導入

  磁気式改札機が入っているエリアにある出改札機器約1万台を一夜でIC対応機器に取り換えるのは至難の業である。作業時間は夜12時半に終電が出てから始発の4時半までの4時間しかない。どうするかを検討した結果、営業にお願いしてSuicaカードを当日まで発売しないことにした。この結果、事前に出改札機器のIC化改修が可能となった。導入3か月ぐらい前にはほぼ完了し、導入前日の夜の仕事量を減らすことに成功した。

・ 導入まで続いたトラブル対応
米国モトローラ社から国際調達の違反であると訴えられた。国際調達に関する苦情処理委員会に掛けられたため、その間は作業をストップしなければならなかった。その結果、導入が約1年遅れた。経営トップから200111日(21世紀の初日)から使用できるようにするよう指示が出でいたが、作業の山積み表を作ってみると無理であることが分かった。この出来事により、システムの遅延などを社内で説明できるようになり、幸いであった。技術的には、リライト技術は最後まで難関だった。また、開業3日前に浅草橋から高崎線倉賀野までの運賃が間違っていることが分かり、関係するシステムを全て見直し、導入前日の夜20時に終了した。

【ICカード展開の基本的な考え方】

役員に説明した三重の同心円では、鉄道ICカードを中心円とし、次の外の同心円でビューICカードと一体化する計画とした。世界中で鉄道カードがメジャーカードになっている例はない。このため、ビューの決済機能を付加して、まずグループ内に展開することとした。さらに一番外の同心円では銀行、他クレジットカード会社や他鉄道会社など、外に拡大展開する計画にした。このため、中心円の鉄道ICカードの開発・導入を先ず実施したいと役員に説明した。賛否いろいろな議論があったが、当時の経営幹部はゴーサインを出した。ここで決断していなければ、次の自動改札機の老朽取替まで待つことになり、ICカードの導入は10年遅れていた。

Suicaサービス開始】

20011118日にSuicaサービスを開始した。国仲涼子さんを招いて、新宿駅にてセレモニーを行った。

Suicaプロジェクトでの教訓】

工学院大学畑村洋太郎教授の言葉を応用しているが、Suicaプロジェクトの開発・導入は「失敗の歴史」であった。もともと人間は失敗するもので、失敗の積極的な活用が必要である。失敗には良い失敗と悪い失敗がある。良い(許される)失敗では、進歩には挑戦が必要であるが失敗に終わることが多く、失敗を恐れると何もできない。悪い(許されない)失敗では、失敗体験が共有化されず、同じ愚を繰り返すものである(個人知と共通知)。局所最適が全体最悪をもたらすので、全体最適が重要で、全体を知り、それとの関係で仕事をする人間を育てる他に王道はない。この経験で失敗は人を育てる、人は想定外には対応できない、などを感じた。

失敗をしないでマニュアル通りで育った人は、失敗すると道が途切れてしまう。失敗を多くして育った人は、個々人のチャレンジを許す風土を作っておくと、いろいろな経験や挫折をし、道が広くなって先に繋がっていく。「失敗を恐れるな!失敗は人生を豊かにする!でも、失敗した時はつらい!」これが実感である。

【トピックス】

受賞歴:

200110月 グッドデザイン賞 受賞

2002年4月  日本産業技術大賞 内閣総理大臣賞 受賞

200210月 日本鉄道賞 受賞(PASMOとの相互利用で20810月 再度受賞)

200210月 情報化促進貢献団体 国土交通大臣賞 受賞

2003年4月  日本機械学会賞 受賞

2004年5月  世界情報サービス産業機構 2004ベストITユーザー賞 受賞

2012年6月  Japan-USA Innovation Award  2012受賞(米国スタンフォード大学にて)

漫画掲載: 2002321日の毎日新聞(朝刊)の4コマ漫画「アサッテ君」

テレビ放送: 200511月1日にNHK総合テレビ「プロジェクトX」で放映

「執念のICカード 16年目の逆転劇」

(4)Suicaの現状

2013年3月末現在のSuica発行枚数は約4,247万枚で、Suicaと相互利用可能なICカードは8,000万枚を超えた。現在でもSuica1日に約1万枚売れており、飽和する傾向がない。

トランザクション(R/WSuicaをかざすとピッと音がし、データ処理が行われる。これが1トランザクション。改札機では入場と出場の2トランザクションで1トリップ。)については、Suica導入以来徐々に増加していたが、2007年3月18日の首都圏ICカード相互利用により、カード枚数が増えていないにも拘らず、800万から1,600万トランザクション/日に一気に倍増した。その後も増加し、現在は2,6002,700万トランザクション/日となっている。因みにID管理システムの最大能力は3,800万トランザクション/日で、未だ5~6年は対応可能である。

SuicaとPASMO】

「技術のオ―プン化戦略」により、Suicaの技術を無償開示することで、基本的に全国で同じシステムを使うことになった。同じものを使用することでコストを下げた。このため、全国相互利用でも各社の出改札機器の改修は小規模で済んだ。SuicaとPASMOのシステム構成も基本的に同じである。ICカード相互利用センターサーバ(会社間精算コンピュータ)、ネットワーク、端末、IC媒体からなるシステムである。相互利用に当たっては、いろいろな乗車パターンを自動的に発生させ、愚直に試験(約123000万通り)を実施した。しかし困ったことに、乗車パターン(問題)は自動発生できるが、答である「運賃」は人が計算する必要がある。このため、改札機の心臓部(運賃計算モジュール)を製作している三社のモジュールに乗車パターン(問題)を与えて、算出された運賃(答)を比較することにより、回答を作成しない方式とした。この結果、検証作業の大幅な短縮が実現した。

【IC乗車券の全国での利用】

2013年3月23日、10種類のIC乗車券(電子マネーを含む)の相互利用が可能になった。①JR北海道の「Kitaka」、②JR東日本の「Suica」、③首都圏の鉄道・バス各社の「PASMO」、④JR東海の「TOICA」、⑤トランパスIC協議会の「manaca」、⑥JR西日本の「ICOCA」、⑦スルッとKANSAI協議会の「PiTaPa」、⑧福岡市交通局の「はやかけん」、⑨西日本鉄道の「nimoca」、⑩JR九州の「SUGOCA」である。計140事業者の相互利用で、鉄道4,275駅、バス21,450台が相互利用可能になり、発行枚数は8,000万枚を超えた。世界でも類を見ない巨大なIC乗車券ネットワークができた。

Suica電子マネー利用】

今までの1日の最高利用件数は、先週金曜日(2013年7月12日)の405万件/日である。2013年3月末現在の利用可能店舗数は約205,910店舗である。他社も店舗開拓をしており、利用可能店舗数は今後さらに増加する見込みである。

【トピックス(Suica付学生証)】

表面が学生証で裏面がSuica定期になっている(PASMO等の他のIC乗車券でもOK)。明治大学は200811月から山野美容専門学校は2009年4月から、名古屋産業大学は2012年4月から採用している。

Suicaキャラクターのペンギン】

「さかざき ちはる」さんの絵本から生まれた。ペンギンを使った最初のキャンペーンは、「スイカってなに?」である。お客様は「Suica」(ICキップ)を知らない。ペンギンは「スイカ:西瓜」(夏・暑さ)を知らないことから、ペンギンを使って、お客様にSuicaの利用方法を周知した。ペンギンの名前は「スイッピ」であるが、名前の利用権を得ていないので、単に「Suicaのペンギン」としている。

 

5.『イノベーション2』 「交通」と「通信」の融合

~モバイルSuicaが変える事業構造とライフスタイル~

(1)「移動」と「通信」の関係

通信と交通は相性がよく、通信の発達によって人の移動が頻繁になる。「通信の発達」⇒「人が容易に会おうとする」⇒「人が頻繁に移動」⇒更なる「通信の発達」のサイクルが期待できる。グラハム・ベルの電話実験で、最初の会話は「ワトソン君、こちらに来てくれたまえ。君が必要なんだ」であったと言われている。

(2)Suica付携帯電話「モバイルSuica

IC乗車券の欠点は通信機能がないことと、中の情報を表示できないことであった。このため、最初からモバイルSuicaを創ろうと思っていた。携帯電話は誰でも持っているので、Suicaと一緒にすることにより便利になると考えた。2006年1月28日にモバイルSuicaのサービスを開始した。最初は、定期券、乗車券、電子マネーの機能があり、途中から新幹線の乗車や、オートチャージも可能にした。最近ではスマートフォン対応もしている。

Suicaは「改札」に革新を起こしたと思っていたが、いつでも、どこでも乗車券・指定券が購入できるため「出札」にも革新が起きた。モバイルSuicaが拡がっていくと、将来的には「みどりの窓口」が不要になり、駅の大幅な革新が期待できる。

 

6.『イノベーション3』 Suica情報を活用した新しいビジネス

~情報の「見える化」による新しいサービス~

1日2,600万件を超えるSuica情報が活用できないか、2008年頃から検討してきた。Suica情報の特徴は、強大な情報データベース、お客様の生活・行動情報がIDナンバー別に管理されていることである。情報ビジネスへの展開として、移動情報と決済情報を組み合わせた新しいサービスを創ろうと考えている。マーケティングやソリューションビジネスへの展開は、生活情報(移動情報、決済情報、買い回り情報など)をひとつのデータベースとして利用し、次の三つのアプローチがある。①「ToC」:お客様に情報を提供する。②「ToB」:グループ外の企業に情報を提供し、その企業が分析して新しい商品やサービスを開発し、お客様に提供する。③「IB」:グループ内の活用として、情報の分析を行い、新しい商品やサービスをお客様に提供する。現在は③で取り組んでおり、以下にその事例を紹介する。

マーケティング活動へのアプローチの例では、PDCAサイクルを回そうということである。Action:販売状況の見える化、Plan:お客様理解の促進、Do:お客様へのアプローチ、Check:施策効果を見る、である。

販売状況の見える化においては、ある店舗で「Suicaデータ」と「POSレジデータ」を比較すると下表のようになる。

 

Suicaデータ

POSレジデータ

属性情報の正確性

△(キーの押し間違いがある)

個客の把握

○(IDで識別)

×

利用者の偏り

△(男性客の利用が多い)

Suicaデータによるお客様理解の促進においては、前後行動をみることで、お客様の潜在ニーズが把握できる。例えば飲料などの品揃え、棚割りや更なる商品開発等に発展させられる。駅のパン屋の例では、このパン屋で買い物したあと、5分以内に他の店舗で買い物しているお客様が多いことが分かった。分析の結果、少し高級なコーヒー飲料を購入したと推測される。パン屋にコーヒー飲料を品揃えすれば、他の店舗に行かないことが想定される。

マーケティング・アプローチの強化においては、対象セグメントを絞ったアプローチで効率的なマーケティングが可能になる。新宿駅構内に新しく開店した店舗の例では、直近3か月以内に新宿駅および新宿の店舗を2回以上利用した11,000人のSuicaポイント会員にメールを送信した。メールを送信する度に売り上げが増加することが分かった。Suicaポイント会員は100万人いるが、100分の1の約1万人へのメールで効果を出すことができた。

電子マネーキャンペーン効果の見える化においては、牛めし屋で①「牛めし90円引き(Suica以外も含む)+Suicaポイント1倍」と②「Suicaポイント5倍」の何れが良いかを比較した。共に売り上げはキャンペーン前より増加した。また、ID番号から新しく来た人が、かなりいることも分かった。

おにぎりとお茶を買うと値引きするクーポンの例では、POSデータでは効果の検証に大変苦労して分析しなければならないが、Suicaデータではクーポン利用前後のデータ分析が容易に行うことができる。

鉄道の例では、改札機を通った記録から移動経路などが分かる。例えば、ある駅には何処の駅から来る人が多いとか、男女別の駅利用状況、イベントなどへの参加者が時間変化とともに分かる。このデータを活用してダイヤ改正などに輸送改善を反映させることができる。(動画による説明があったが、省略)

 

7.『まとめ』 “Suica”が世界を変える! ~新しい社会インフラの創造~

導入当初は技術的には高度であるが、JR東日本の自社インフラであった。いろいろな施策により、オープンな超巨大インフラになり、新しい社会インフラが創造された。鉄道は社会基盤として生活に必須の第1次インフラであるが、Suicaは生活基盤として生活を向上させる第2次インフラである。今後は第2次インフラによるイノベーションが進展すると考えられる。

 

第1次インフラ(社会基盤)

第2次インフラ(生活基盤)

目的

生きるためのインフラ

豊かさのためのインフラ

方向

供給者の視点⇒技術志向

利用者の視点⇒サービス志向

利用者

不特定多数のユーザー

特定のユーザー

特徴

個別のサービスを提供

総合したサービスの提供

対象

生活必需品

生活を向上するサービス

日本の鉄道は世界を二度変えたといわれるが、一度目は新幹線で、二度目は民営化である。今度はICカードSuicaが世界を変えると思う。

 

8.『おわりに』 “Suica”を創って思ったこと(雑感)

Suicaで博士号を取った。Suicaは自分の人生を変えたと思う。200410月に50歳で東京工業大学に入学し、博士課程(工学)を修了した。論文は国内外を含めて、約20件発表した。20061231日に工学博士の学位を取得した。そのときに感じたことを学生にも話しているが、学問は社会で役立てるもので、学校と社会は同じ世界である。好奇心は重要で、好奇心がチャレンジ精神を生む。自己研鑽も重要である。特に自分との約束は重要と思っている。本社の部長職のときに東工大に通っていたので、付き合いも多かったが、どんなに遅く帰っても1時間は研究論文に取り組んだ。また、今後は国際感覚を身に着けることが必須になると思う。英語とパソコンに加えて日本の正しい知識を身に付けることが必要である。学長から学位を授与されたとき、学長は「皆さんは世の中で起こっていることを論理的に解析して解決する能力があることを証明します。是非その能力を社会で役立てて下さい」と言われた。学校を卒業してからが本当のスタートであると思った。

Suicaプロジェクトで思ったことは、お客様に良い便利なものを作ろうと考えていた。できれば会社(社員含む)にも良いもの、更には社会(世の中)に良いものを作ろうと考えて取り組んできた。5,000万人以上のお客様が喜んで利用し、技術的にも世界一のICカードシステムを構築することができたのは非常に大きな喜びである。三井造船からJR東日本にきた私の最も尊敬する技術者の山下勇さんの言葉である。「人間だけが持つ特権に、サービスする(人に尽くす)喜びとモノをつくる(創造する)喜びがある」。私は幸いにこの二つが経験できた。夢を持って取り組めば、夢は必ず叶うと思う。

Suicaという巨大な「ものづくり」を通じて三つのキーワードが浮かんだ。①人:モノを作るのも、使うのも人である。したがってモノ作りは、最後は人と人の関係になる。多くの視点(お客様、部下、上司など)に立って、組織の中での自分の位置付けや、仕組作りが重要である。②心:大きな志、好奇心、夢を持たないと駄目である。③物好き:敢えて困難に挑戦する心、不屈の精神、覚悟、執念、意地が必要である。

最後に僭越であるが皆様へ、幾つになっても、新たな革新に常に挑戦して最後は意地と執念でやり遂げて欲しい。また、若者の好奇心を大切にし、「人」を育てて欲しい。現在、私は社長という職に就いている。今後、覚悟を持って人の育成に取り組んでいきたいと思っている。

 

Q&A

Q1.Suicaのビッグデータを利用したい人への提供は?

A1.検討中である。現在は個人情報を除いたデータを自社グループ内で活用している。

Q2.磁気切符とSuica切符の売り上げ比率は?

A2.新幹線と首都圏以外は全てIC化されている訳ではないので、磁気切符とSuicaの売り上げの比率は半々ぐらいと思われる。

Q3.Suicaにチャージすることへのインセンティブは与えられないか?

A3.Suica利用期間に応じて優遇したり、ポイント等で還元したりすることも考えられるが、方法を間違えると「単なる値引き」になるので適切な還元方法は難しく、営業部門で検討している。

Q4.先にデポジットするのは日本だけか?

A4.世界的にはプリペイドが主体である。むしろ関西のポストペイの方が珍しい。

Q5.Suica導入の効果として切符を切る駅員の省人化の効果が入っていないのではないか?

A5.Suica導入前の磁気式自動改札機の導入効果として入っている。不正使用防止の効果(当時300億円)と首都圏で約1,000人規模の人件費削減の効果があった。その後のSuica導入による効果として、切符や定期券の媒体削減が約3億円/年、首都圏での収入増が約40億円/年あった。この結果、Suica導入時のIC化の増分130億円は、約3年程度で回収できたと考えている。

Q6.Suicaシステムの輸出は?

A6.ベトナムのハノイ市内に5線の鉄道建設が計画されている。その内3線は日本からの円借款であることから、Suica方式を採用して貰うよう働き掛けている。同じような案件がホーチンミンでもある。また、エジプトのカイロ、サウジアラビアのリアド(入札中)の案件もある。他からも引き合いが来ている。今後、出来る限り、海外展開は進めて行きたい。

Q7.特許は?

A7.技術的な特許はソニーが、運用上のノーハウや特許はJR東日本が有する。鉄道各社に対しては特許料とるのではなく、システム導入に当たってはJR東日本のグループ会社を使って貰うようお願いした。結果として100億円を超える受注ができた。

                                                    (記録:池田 )