第 3 9 1 回 講 演 録

日時: 2011年1017() 13:0014:50

演題: 福島原発で何が起きたか

講師: 科学評論家、翻訳家 田中 三彦 氏

1.はじめに

自分の全体的な立場は、福島原発の遠い加害者である。バブコック日立の主任技師として福島第1原発4号機の原子炉圧力容器の詳細応力解析を行った。その後、日本原電東海2号機の基本設計をしている時に、火力発電用ボイラー設計構造解析グループに異動し、3年後に反原発ではなく自己都合で円満退社した。

その後スリーマイル島とチェルノブイリで事故が起こった。シェフチェンコ監督がチェルノブイリ原発事故現場で映画を撮り、自分はその映画を日本で最初に見た一人である。燃え盛る炉心の上で、決死の覚悟で、多分放射能の怖さを知らずに6人が撮影したので、半年後には6人とも亡くなった。起こらないと思っていた事故が起こったことによる技術的なショックとともに、文化的なショックを受けた。村がゴーストタウン化し、被爆した魚を獲って食べる農民を見て、頭が混乱した。

これに対して日本では、1986年から原発は安全であるというキャンペーンが徹底的に行われた。電気事業連合会は日本の原発は全く構造が違う、技術力が違うと言い、自分はそんなことはないと思い、自分の関わった原子炉圧力容器の違法修正の問題を告発した。結果として、御用学者や電力会社と闘う関係になった。原子力村はメーカー、御用学者、電力会社、原子力安全・保安院、原子力安全委員会からなり、批判勢力がいなく、批判して村八分になった学者が何人かいる。『東海地震』を最初に学術的に研究されたことで知られる著名な地震学者・石橋克彦先生(神戸大学名誉教授)は、原発の『新・耐震設計審査指針』(2006年公布)の改訂作業に加わったが、内容が十分でないとして異議を唱えたため、はじき出された。原子力村は40年間続き、結果として福島原発事故に繋がったと考えられる。

相変わらず福島原発事故は津波で起こり、津波と外部電源の対策をすれば日本の原発は安全であると言っている。東電はシミュレーションを行ったが、入力値次第なので、現象論的な正しさを判断する必要がある。MarkⅠ型の原子炉格納容器は欠陥があることを米国も認めており、NHKが放映したが、福島原発事故との関係付けをしていない。自分は特に1号機と2号機は津波ではなく、地震によって配管の破損が起こっていると考えている。余りデータのない3月末に雑誌『世界』の5月号の原稿を書き、その後データが出てきたが、その考えは事故当初から一貫して変わっていない。

元東芝で福島原発3号機と5号機、女川1号機、浜岡1~3号機のMarkⅠ型原子炉格納容器を設計した渡辺敦雄氏(現、沼津高専特任教授)と、やはり元東芝の原子炉格納容器の設計者である後藤政志氏との3人で、国および東京電力の『津波原因説』に異議を唱えている。お金は掛かるが自分たちでシミュレーションを行い、来週26日に議員会館で記者会見を開き、国や東京電力が言っているストーリーは間違っている、ないしは何故我々の考えているストーリーを検討しないかを問題提起する。インターネットでも中継される予定である。(末尾に動画サイトを記載)

2.東京電力福島第一原子力発電所

 日本には原発が54基ある。地震はマグニチュード9.0であったが、福島第一原子力発電所は震源地まで約100km離れており、福島第一原子力発電所における地震動はそんなに大きくなかったが、時間が長かったことが問題であった。繰り返し応力が大きかったため、低サイクル疲労のような形で配管が損傷を受けた可能性がある。原発の設計では、せいぜい20秒程度の地震動の継続しか考えていないが、今回は大きな揺れが3分近く継続し、何百回もの繰り返し応力を受けた可能性がある。

Googleの航空写真で福島第一原子力発電所を見るとよく分かるように、海岸にタービンを冷やすための取水口があり、原子炉建屋の海岸寄りにはタービン建屋がある。1号機は水素爆発で屋根がない。2号機は屋根がある。3号機も大爆発で屋根がなく、3回爆音が聞こえ、爆風が音速を超えるディトネーションが起こった可能性がある。アメリカの核科学者の中には、水素爆発では起こりえない現象で、核爆発ではないかと疑わっている者もいるが、東電は否定している。上空の核分裂生成物を分析すれば分かるが、まだ詳細は発表されていない。4号機は運転していなかったが、なぜかひどく損壊している。

福島原発は沸騰水型(BWR)である。図1にその仕組みを示す。原子炉圧力容器内で水を沸騰させ、70気圧で285℃の水蒸気を作り、水蒸気でタービンを回して発電機により発電する。タービンを回した水蒸気は復水器により海水で冷却され、水として原子炉圧力容器に戻される。放射性物質は燃料棒の中に閉じ込められており、燃料棒が破損しない限り、水には含まれていない。原子炉圧力容器を格納している原子炉格納容器は原子炉建屋の中に、タービン、発電機、復水器および非常用電源はタービン建屋の中にある。

3.MarkⅠ型原子炉格納容器

図2に米国ブラウンズフェリー原子炉の建設中の写真と構造図を示す。原子炉格納容器(ドライウェル)は日本ではフラスコ型と言われるが、米国ではライトバルブ(電球)型と言われる。ドーナツ状の圧力抑制室(ウエットウェル)は、米国ではトーラス(円環構造物)とも言われる。浮き輪のように、薄い20mm位の鋼板でできており、直径10mくらいの円管16本が正16角形を構成している。フラスコと浮き輪は、直径3mくらいの円管(ベント管)8本で繋がれている。図2(a)の写真の手前にあるヘルメット状のものは、原子炉格納容器(ドライウェル)の蓋で、フランジ面でボルト・ナットにより固定される。MarkⅠ型の特徴である圧力抑制室には、半分程度まで水が入っており、福島原発1号機の場合の水量は約1700トンである。

4.原子炉圧力容器

 図3に原子炉圧力容器の断面図を示す。燃料でウランの核分裂が起こり、その熱で水が蒸気になる。容器内には、非常に沢山のものが詰まっている。約2800℃で燃料が溶融すると、周りのものが全て溶融する。今回の事故ではメルトダウンしたとき水が炉底にあったから、溶融したものが炉底から抜けたとは考えにくく、最初は炉底ではなく炉壁のノズル部分などからガスや燃料が漏れ出たのではないか。

 底部には制御棒の駆動装置が多数取り付けられている。この部分は溶融したと考えられる。

5.燃料棒と燃料集合体

 燃料棒は直径1cm、厚さ1mm、長さ4mくらいのジルコニウム合金のパイプの中に高さ1cmくらいの二酸化ウランのペレットを多数詰め込んだものである。燃料棒を8行×8列=64本、9行×9列=81本、または12行×12列=144本等間隔に束ねてジルコニウムのケーシングに納めたものが、燃料集合体である。1号機の場合、原子炉に440本の燃料集合体が入っている。

 原子炉圧力容器の水位が下がると、高温になった燃料棒(ジルコニウム)が水蒸気と反応し酸素を取り込んで酸化することで水素が発生する。酸化皮膜ができるにしたがって、水素の発生量は少なくなるので、メルトダウンする時点では水素の発生量は少ない。

6.格納容器と原子炉の関係

 図2に示すように、原子炉格納容器(ドライウェル)と圧力抑制室(ウエットウェル)は8本のベント管で繋がれている。原子炉圧力納容器から出た水素は、『逃がし安全弁』というものを通って圧力抑制室に入り、その後原子炉格納容器に入って爆発したと東京電力は言っているが、原子炉格納容器と圧力抑制室は基本的には隔絶されており、『真空破壊弁』というものが開かないかぎり、水素はドライウェルの中に入ることはでなきい。このあたりは、おそらくうまくシミュレーションできていないと考えている。

7.爆発したオペレーション・フロア

 原子炉格納容器の上部には、作業をするためのオペレーション・フロアがある。水素は原子炉格納容器の上蓋のフランジ部分から漏れ出て、原子炉建屋に充満した。水素爆発により、オペレーション・フロアの燃料交換用マニュピュレータや天井のクレーンなど全てのものが飛び散った。

 原子炉格納容器の横には、核燃料貯蔵プールがある。ここにも飛散した瓦礫が入り込んだ。貯蔵されている燃料は損傷し再臨界が懸念されたが、瓦礫が入り込んだことで再臨界を免れたのかも知れない。実際、冷却のため核燃貯蔵プールにヘリコプターから水を撒いたが、水が入ることで逆に再臨界を起こす危険性もあった。

8.なぜ爆発したのか?

 次の二つの可能な説明が考えられる。

津波襲来で「全交流電源喪失」(ステーションブラックアウト)に陥ったために、原子炉を冷却できなくなった。そのため、燃料損傷が起こり、最終的に水素爆発が起きた。

② 原子炉を出入りする配管(原子炉系配管)が長時間の地震の揺れで破断(破損)し、そこから冷却材(冷却水)が噴出し、そのため燃料損傷が起こり、最終的に水素爆発が起きた。

 ①において、全交流電源が喪失してもバッテリーがあるので、バルブの操作や情報の収集はある程度可能であった。ただし、ポンプや大きいバルブは動かすことができない。ポンプが動かせないと原子炉を冷却できないから、水素爆発に至ることは常識である。したがって外部電源車が届くかが問題であった。NHKは『放射能漏れは起こっていないので、慌てる必要はない』と言っていた。結果的には、悲劇的な被曝被害はなかったが、何が起こるか分からないので避難すべきであった。

 ②において、地震が3分も続き、15分後にマグニチュード7.7の余震が起き、1日の間に100回以上の余震があった。配管が低サイクル疲労破壊しても不思議ではない。原発は通常の運転状態に対してはかなり余裕をもって設計されているが、このような大きな地震動に対して十分な余裕をもって設計されている訳ではない。大きな地震動に対しては重要機器が塑性変形することをあえて許している。機器が少々ゆがんでも放射性物質を外部に漏らさなければよい、という考え方だ。1号機では配管の破断によって冷却材喪失事故(LOCA)が起こったと考えられるが、政府と東京電力は完全否定している。

 『原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書』は6月1日提出された。『地震によって外部電源に対して被害がもたらされた。原子炉施設の安全上重要な設備や機器については、現在までのところ地震による大きな損壊は確認されていないが、詳細な状況についてはまだ不明であり更なる調査が必要である。』と記されている。9月に改訂版が出たが、基本的な考え方は変わっていない。『大きな損壊は確認されていない』とあるが、現時点では確認できないし、してもいない。一片の科学的裏付けも示していない。IAEAの権威を利用して国民をだましている。また、このような報告書を出してから、6月7日に政府の事故調査委員会の初会合が開かれたのは不思議である。

原発は起動したり停止したりするときに外部電源が必要で、福島第一原子力発電所はその電源を東電・新福島変電所の夜の森線から供給を受けていたが、送電線の鉄塔が倒壊したため受電できなくなった。TVのテロップで、よく『原子炉は安全に停止した』と流れるが、核分裂を止めるために制御棒が挿入されたことを意味しており、問題はその後である。外部電源が使えなくなることは想定されていたが、起動した二つの非常用ディーゼル発電機が津波で水没して使えなくなった。二つの発電機が同時に使えなくなったことは想定外であった。

 ②のストーリーを無視した理由は明確である。地震による原発中枢部の破壊を認めると、耐震設計審査指針が見直され、それに基づく全国の原発の耐震強度の見直しが必要になり、長期間全国の原発の運転ができなくなるからである。

 1号機の原子炉内の地震発生前の水位は、通常水位である燃料の上約4.5mにあった。東電は地震発生直後の水位データはないといっているが、地震発生6時間半後には燃料の上約45cmまで下がった。約50トンの水が消えたことになる。その後更に3mくらい下がって、爆発が起きた。圧力も20時頃までは通常圧力の約70気圧で、その数時間後には7~8気圧まで低下した。地震で配管が破損して直ぐに圧力が下がらなかったのは、配管が損傷を受けた当初の亀裂が大きくないこと、また崩壊熱による蒸発量と亀裂から漏れ出る量のバランスで決まるためである。

私が“保安院・東電ルート”と呼ぶストーリーでは、崩壊熱によって原子炉圧力容器の圧力が上がると、逃し安全弁(SRV)が自動的に開き、水蒸気はSRVを通って圧力抑制室の水の中に放出され、冷やされて水になる。その結果、圧力は下がるが、同時に原子炉圧力容器の水位も下がるから、SRVを開けっ放しにしておく訳にはいかない。ある程度圧力が下がったらSRVは自動的に閉じる。しかし閉じるとまた崩壊熱により圧力が上昇するので再びSRVが開く。こうしたことを繰り返しながら、原子炉圧力容器の水位がどんどん下がっていく。また原子炉圧力容器の圧力の記録はノコギリの歯のようになる。2号機と3号機にはそうした記録が残っているが、1号機に関しては記録がない。にもかかわらず、このようにして水位が下がり、燃料が損傷したと東電・保安院は言っている。これに対して自分たちが考えている“配管破断LOCAルート”では、配管の破断により原子炉圧力容器の水蒸気が格納容器に入ったと考えている。亀裂部から漏れた水蒸気の速度は、場合によっては毎秒1000mにもなる。

9.MarkⅠ型格納容器の“欠陥”

 格納容器の体積が小さいので圧力が上がり過ぎるのが問題である。もっと問題は、LOCAによって水蒸気が圧力抑制室に猛烈な勢いで入ってきたときの水力学的動荷重が考慮されていなかったことで、のちにGEの設計者が気付いて告発した。米国は1970年代初めから研究を行い、1980年にNRCはこの『未解決安全問題』に対する指針を策定している。日本では1987年に指針を出して、原発を見直すようにしたが、法的強制力がなく、電力会社が行ったか不明である。この問題を日本で研究したのは、当時東芝にいた斑目原子力安全委員長と“配管破断LOCAルート”を支持している渡辺敦雄氏である。見直した結果問題はなかったが、地震荷重は一切考慮していない。地震が起こると、水力学的動荷重のほかに、激しい地震動と圧力抑制室の水のスロッシング(水が大波を打つ)荷重が加わる。圧力抑制室が破損したか、圧力抑制機能が喪失した可能性がある。

 上記第8項の①“保安院・東電ルート”と②“配管破断LOCAルート”の何れが正しいか分かるのは何十年も先のことで、現時点ではグレーゾーンの問題である。②が絶対正しいとは言えないが、②を検討しないことが問題であると考えている。MarkⅠ型格納容器(改良型を含む)を使用している日本の原発は、福島原発の5基を除いて、10基(中国電力・島根1号、2号、日本原電・敦賀1号、北陸電力・志賀1号、中部電力・浜岡3号、4号、東北電力・女川1号、2号、3号、東北電力・東通り1号)あり、エネルギー政策上の問題が生じるため、②を否定する理由は明確である

10.ストレステスト

 設計者や東京電力が考える事故のイベントツリーで、いくつか厳しいものを想定して原発が耐えられるかを調べるのがストレステストである。しかし、激しい地震動、水力学的動荷重、スロッシング荷重の三つが同時に掛かるようなことを考えると、原発は壊れる可能性が高いから、そうしたことはストレステストの対象外になるにちがいない。福島で何が起きた可能性があるかを明確にせずにストレステストをしても意味がない。可能性のあるイベントを全部検討することが大事である。

11.質疑応答

Q1 東電は事故発生当初は水位計の調子が悪いと言い、数時間後に直ったと言い、また数時間後に調子が悪いと言っていたが、何かあったのか?

A1 事故発生当初には水位計の話は出ていない。東電は5月になって突然水位計が狂っていたと言い出した。メルトダウンが起こっているので、5月の時点で水が残っているのはおかしいと言っているのは正しいが、第8項で述べた事故発生直後の水位計のデータも違っていると言い出した。東電のシミュレーション結果ではメルトダウンは早くに起きているので、水位計に水が残っているはずがないとの理由からである。計算結果に合わないから、水位計が狂っていると言うのは恐るべきことである。二系統の水位計が同時に3mの幅で動いている理由を東電は説明していない。

Q2 MarkⅠ型の原子炉は欠陥品で、再稼動は難しいだろうとのことであるが、国内の電力事情を考えると、直ぐに原発を止める訳にはいかないのではないか?また、日本の技術力は素晴らしく、液晶TVの大幅な価格低下に見られるように、将来は自然エネルギーも期待が持てるのではないか?

A2 非常に重要な問題である。54基の原発の内、動いているのは11基である。東電の出している使用電力量はピーク時の数値である。ピークの時間幅は1時間半もないが、これをどう乗り切るかである。今夏は我々の努力や工場の協力により、原発30基分を回避できた。エネルギー論を自然エネルギーなどの代替エネルギー技術で補おうとするのではなく、エネルギー中毒に罹っているのでライフスタイルを見直す必要がある。原発の設計を始めた1970年頃にはエネルギー不足を感じたことはなかったし、20年前にスミソニアン博物館で見た『世界の夜の地図』で国の輪郭が見えるのは日本だけである。エネルギー中毒でエネルギーの需要ばかり上げて、自然エネルギーに変わったとしても、自分達が如何にエネルギー使うべきかを考える方が早道であると考えている。現在の電力事情は危機的な状態にあり、直ぐに原発を止めるのではなく、当面原発を減らす方向で安全に運転すべきである。ブラウン管TVから液晶TVに変わることにより、TVの大型化が進み、大量に買われると少しも省エネに繋がらないし、新しい良い機器が出ると直ぐに買い換えるような消費文化ではエネルギーの無駄使いになることを考えておく必要がある。

 

(記録者追記)

10月26日に衆議院第2議員会館第1会議室において、『政府・東京電力の福島第一原発事故報告批判 ―何故地震の可能性を排除するのか―』と題した『議員勉強会&記者レクチャー』が行われた。報告は下記の通りであり、動画で視聴できる。

 田中三彦さん(サイエンスライター)

『地震動による冷却材喪失事故の可能性』
渡辺敦雄さん(沼津工業高等専門学校特任教授)

Mark-Ⅰ格納容器における水力学的動荷重問題』

後藤政志さん(元原子力プラント設計技師)

『格納容器の機能喪失 ―地震で圧力抑制機能が失われる可能性―』

http://www.ustream.tv/recorded/18241599

  (記録:池田)