第 3 7 2 回 講 演 録


日時: 平成21年12月2日(水) 13:00~14:30 
演題: 我が国の青少年の意識と行動

               ~“草食系男子”と“肉食系女子”は何故生まれたか~

講師:法政大学大学院 教授 桐村 晋次 氏(あかがね倶楽部会員)

   大学で担当している専門分野は「キャリア(形成)論、人的資源開発論」で、人と組織の相互作用(人は組織の中で、如何にして能力を開発し、発揮できるのか。企業人の集団規範と個人の価値基準の調整など)、個人主導の能力開発とキャリア形成(自己理解と自己啓発の方法、キャリアカウンセリングの理論と実践、キャリアプランと学習計画の作成と推進など)、経営環境の変化と企業の人事制度(経営戦略と人事労務施策の多様化、働き方の選択と生きがいの追求など)である。この分野の研究を始めたきっかけは、古河電工で人事部を担当した後、筑波大学の社会人向け夜間大学院の講座で心理学系のコースを受講したことによる。

最近、学生の就職難が社会問題化しているが、就職難は今に始まったことではない。若者たちが「自分とは何者か」、「生きがいのある仕事とは何か」、「個性的な仕事をしたい」という意識をより強く持つようになり、それが見つからないまま、ニート、フリーターを続けたり、離転職を繰り返したりすることも「就職難」の大きな要因になっている。就労支援において、ハローワークが求職者と相手先の就労条件のマッチングを図るのに対し、キャリアコンサルタントは求職者の適性を心理的に判断し、適材適所に導くことにある。キャリアデザイン学では「個人のアイデンティーをどう確立させるか」が中心的なテーマである。日本では未だ新しい学問分野であるが、欧米では既に一般的になっている。「アイデンティティー」の一般的な定義は「本人なりの一貫性を持っているか、他人とは違う独自性を持っているか、他者との係りで自分の役割を認識しているか」である。ドイツの心理学者E.H.エリクソンはその「生涯発達論」で、人格形成について、「人は10代の終わりから20代初めにかけて、自己のアイデンティティーの確立に成功できるかどうかが、その後の人生に大きい影響を与える」と言っている。日本では高校の2~3年生から大学の1年生の時代に相当するが、多数の若者が大学受験で自分の志望する大学・学部に入れないまま他校・学部に「不本意入学」をし、その挫折感や心の内面の葛藤から自ら閉塞感に陥ってしまっているように見える。

1.若者の生育背景と社会経済の動向

戦後の日本の産業構造と就業構造は大きく変化した。

                         産業別 有業者数構成比(%)の推移

             昭和31年  昭和52年  平成19年

                (1956年)   (1977年)     (2007年)

第1次産業・農林業     40.4          17.3         10.7   

   第2次産業・製造業     11.4          25.7         17.1

   第3次産業・サービス業     3.8          17.6         30+

上記の通り、過去50年間で第1次産業、殊に農林業就業者は著しく減少し、代わって第3次産業のサービス業が大きく増加した。第2次産業の製造業の比率は高度成長期に一時増加したが、現在は50年前とほぼ同率になっている。これは、グローバル化に伴う製造拠点の海外シフトや国内事業の合理化が進んだためである。一方、この間、全就業者のうちいわゆる「サラリーマン」の比率が急激に増加した。今、60歳代を迎えつつある「団塊の世代」の親たちの世代ではサラリーマンは30%しかいなかった。ところが団塊の世代本人たちは70%がサラリーマンである。その団塊の世代の子供たちでは恐らく90%を超えている。かつて大多数を占めた自営業(農業、商店、町工場)の子供たちは家族・家業の構成員として互いに繋がりを持ち、自分の役割分担が分かっており、自ら行動できた。ところが大多数の親がサラリーマンの子供たちは親や教師の指導や遊具がないと行動・遊びの仕方さえ分からない。その結果、今の子供たちは読み書きの学力、インターネット検索などの基礎能力は高くなり、会話能力も高くなったが、議論を闘わせる能力に劣る。自説が異論であることが分かると直ぐ取り下げてしまい、議論を深めることをしない傾向がある。経団連の「2008年新卒者採用に関するアンケート調査」によると、企業が選考にあたって最も重視する点は2004年以来毎年「コミュニケーション能力」となっている。そのため最近は学校教育でもコミュニケーション能力を重視するようになった。古河電工OBの安永力氏は「コミュニケーションが苦手な人が読む本」(中経出版・楽書ブックス)という著書を出されている。

社会構造が変化しサラリーマンが就業者の90%近くを占めるようになってくると、サラリーマンの考え方が子供たちの世界に確実に浸透し拡がって行く。「ある集団が社会でマジョリティーをもって年月を重ねると、その集団の持つ考え方が社会規範となる」と考えている。今のサラリーマン社会が持つ集団規範、価値観が若者に大きな影響を与えていると思う。かつては会社は仕事・業務の流れ、繋がりをよく理解している自営業者の子弟を優先して採用した時代もあった。

しかし最近の若者、特に技術系は専門分野に特化しているため、会社業務全般・外部との繋がりを理解できない者が多い。配属後の他部門への移動も少なく、人材が部門内に埋没してしまうことも少なくない。それを避けるため松下は事業部制を廃止した。かつては人事部の教育担当部門は社内各部門のヒアリングをし、その部門の課題や問題点を探し出して、経営幹部に改善を提案し、教育計画に取り入れることが主な仕事であった。しかし最近の企業は人事教育部門を分社・独立させ、教育業務を外部委託することが盛んに行われている。そのサービスを第三者にも外販し独立採算制を維持することも求められる。そこで行われる教育は管理職教育、新入社員教育を問わず、一般的にどの会社でも役に立つ教育しかせず、その会社に役に立つ教育になっていない。学生や若手社員は役に立つ情報を積極的に求めることはせず、情報待ちの姿勢でいる傾向がある。

2.我が国の青少年の意識と行動

「第7回世界青少年意識調査報告書」(内閣府政策統括官2004.8)は青少年の就職動機(入職経路)について下記のように報告している。

    就労状況別・国別 初職・入職経路(%,複数回答)太数字:最多数回答>

        広告  職場訪問  学校紹介 家族・親戚 友人・知人 職業斡旋

日本          16.4      11.9        35.1        14.3       13.7       12.2

韓国     17.2      15.9        11.0        11.6       30.8        2.2

アメリカ      15.1      19.5         6.0        18.5       32.1        5.8

スウェーデン   8.7      33.8         5.8        24.2       27.3       12.4

ドイツ        31.5      28.4         3.1        20.4       22.5       16.7

日本では「学校紹介」で初職に就くケースが最も多い。他国では米・韓のように友人・知人の紹介、スウェーデン・独のように職場訪問が多い。そのため日本では学校に募集が来ない会社・職業には就けないという現象が起きる。与えられた情報の範囲内で職業選択をしてしまう。社会について関心も薄く知識に欠ける者が多い。アメリカではインターンシップを利用して職業経験を積んだのち、適性などの条件が合った所に就職することが一般的になっている。インターンシップ紹介を専門に行う会社もある。日本では青少年のみならず、その上の世代でも、与えられた情報の中から選んでしまった学業・仕事の中で競わされ、挫折感を味わっている人たちが多いように思う。下記の「中学・高校生の生活と意識」調査報告(財・日本青少年研究所)にその傾向がよく表れている。           

「中学・高校生の生活と意識」日・米・中・韓の比較(財・日本青少年研究所)

          1 「私は人並みの能力がある」(%)

とてもそう思う まあそう思うあまりそう思わない全くそう思わない

{高校生}   (a)         (b)         (c)           (d)         (a+b)   (c+d)

日本     8.4        44.1        37.7           9.0          52.5    46.7

 韓国        5.6        63.4        25.5           5.2          69.0    30.7

 中国       41.0        44.1        10.5           3.8          85.1    14.3

 米国       61.1        27.9         4.5           3.1          89.0     7.6

表2 「自分はダメな人間だと思う」(%)

 とてもそう思う まあそう思うあまりそう思わない全くそう思わない

{高校生}    (a)        (b)          (c)           (d)        (a+b)   (c+d)

日本       23.1       42.7         25.5           8.0         65.8    33.5

韓国        8.3       37.0         43.2          11.1          45.3    54.3

中国        2.6       10.1         34.1          52.7          12.7    86.8

米国        7.6       14.0         19.7          55.3          21.6    65.0

表3 「自分の意思をもって行動できるほうだ」(%)

 とてもそう思う まあそう思うあまりそう思わない全くそう思わない

{高校生}   (a)         (b)          (c)           (d)        (a+b)   (c+d)

日本     14.2        47.4         32.6           5.0         61.6    37.6

韓国      12.3        57.0         27.7           2.7         69.3    30.4

中国      22.9        52.1         20.2           3.7         75.0    23.9

米国      32.5        45.4         12.5           5.9         77.9    18.4

このように日本の子供たちは他国、特に中国、米国と比較して自分自身の能力を実際よりも著しく低く評価している。これを専門用語で「自己効力感(self-efficacy)」という。自己効力感が低い傾向は青少年だけではなく日本人全体についても言える。常に順位を付けられ、戦々恐々としながら競わされ、挫折感を募らせ、能力を発揮できないままでいる。中にはこれが嵩じて心理的に追い込まれると心のバランスを失って突然攻撃的になり、人に襲いかかることもある。

3.サラリーマン社会の集団規範の若者への影響 -雇用者社会の特徴-

 サラリーマン社会が3代目に入りつつある現在、サラリーマンの持つ考え方が子供たちをも支配するようになってくる。現代のサラリーマン社会の特徴を挙げると下記のとおりである。

① 競争社会と人事制度の変容

② 細分化された分業体制と専門化

③ 平均的な労働者の能力をベースにした仕事の編成と業務の標準化

④ 階層(ピラミッド)構造

⑤ 価値観の同質化作用

⑥ 職位(ポスト)に基づく判断と行動(ロールプレイ)

⑦ 成果主義と短期志向

⑧ 雇用ポートフォリオを考慮した雇用

 会社・組織は専門分野ごとに細分化され分業体制が進むため、自分の専門分野以外のことには関心が薄くなる。業務のマニュアル化が進み、マニュアルに書かれていない例外事項が発生すると対応ができなくなってしまう。自ら決断できないために、周りを見て判断するようになる。業務遂行組織が階層化し、重層化してしまう。価値観も標準化・同質化が進み、異質の価値観を認めなくなる。社員があるポストに就いたら、そのポストとして決められた一定の判断と行動をする「ロールプレイ化」が進み、それと異なる自分自身の意見を述べることはしない。そのため、すべて与えられた情報の範囲内でしか判断できない習慣がついてしまう。このようなサラリーマン社会の傾向が子供たちの活発さ、柔軟性、創造性を相当阻害しているように思われる。

4.大学教員として感じる若者の意識と行動

学習 授業にはよく出席する。与えられた本は読むが、それ以外の書物は読まない。新聞も殆ど読まない。社会・政治にあまり関心を持たない。偶々出会った情報をそのまま鵜呑みに信じてしまう。

就職 自分で就職先を積極的に探しに行かない。女性は就職、結婚、出産、親の介護など様々なライフイベントに遭遇することになるので、人生観、労働観を深め、キャリア形成について真剣に考えている。一般に大学までは女性の方が能力が高いので、自分の力を社会でよりよく発揮したいと思うのは当然であろう。家庭での男女の役割分担も共稼ぎが一般的になってきた。最近の調査では、「男が外で働き女が家庭を守るべき」とする意見の比率は、日本ではかつて50%を超えていたが、最近の調査では日20.6%、米18.2%、英 22.5%、仏14.8%となり、国際的に同水準まで下がってきている。

男女の役割分担について法政大学1年生に実施したアンケートでは下記のようになっている。

                                         

男女が平等に経済的責任及び子育て・家事に責任を持つ              31%  32%
 男性が主に経済的責任を持ち、女性が子育て・家事に責任を持つ           25%    28%
 男女にとらわれず得意な方が経済的責任、他が子育て・家事に責任を持つ    35%    33%
 女性が主に経済的な責任を負い、男性が家事の責任を持つ                   1%     0%
    男性は外で働き、女性は専業主婦としてゆとりある家庭を作る         6%     2% 

   主として大学1年生女性(120人)に対する子育てに関するアンケート調査回答で多数を占めた項目をつなぎ合わせると「結婚はする+子供も産みたい+仕事もしたい」であった。その解決方法は「自分の母親の近くに住む」であった。

交友・男女関係 男女の性のモラルに関しては驚くほど開放的である。しかし、これは世界的傾向でもあり、昔に比べれば女性の選択権が拡大し、ひいては女性がより幸せになれる機会が与えられるということでもあり、一概に非難すべきではないのかも知れない。

「エコグラム」による自己性格テストを講演会出席者に実施

結語)“草食系男子()と肉食系女子”が提起している問題は“サラリーマン社会の行き止まり”ではなかろうか。この現状をすべて是認してしまうなら仕方がないが、サラリーマン社会が3代目に入りつつある今、「サラリーマンの集団規範」が白布に落としたインクのように子供たちに染み込んで行く前に、これを必要に応じて修正して行くことを考えなくてはならないのではないか。

Q&A

1.Q:最近の学生の学生食堂辺りでの食事内容で“男子は菜食、女子は肉食”を好むというような傾向はあるか?

A:よく分からない。学食で男女が混じって食事をすることはあまりないようだが。

2.Q:サラリーマンの集団規範が社会規範となった現状を変えることは難しいのか、家庭・学校教育などで変える方法はあるか?子供の飼育に失敗して“草食系男子”を飼う破目になった親としての質問である。

 A:「サラリーマン規範」がすべて悪いわけではなく良い点もあるが、欠点の部分が子供たちの世界で拡大しつつあるので、これ修正していかなくてはならない。例えば「細分化された分業体制・専門化」などは家庭や学校での教育だけではなく、ボランティア活動を取り入れて、人と人の繋がりを理解させるなどの方法があろう。キリスト教やイスラム教などの教義が社会の道徳・規範となっている国々と違い、日本は時代により揺れ動く「常識」が道徳律や価値基準になっている。今はこの「常識」を見直すべき時ではないか。(参考:「イギリスのいい子 日本のいい子」佐藤淑子著(中央公論社刊)は価値基準の国による違いがよく理解できる)

3.Q:「自己に対する認識」の調査結果などで男女の違いはあるか?

 A:例えば「私は人並みの能力がある」についてみると、日本の高校生の場合「とてもそう思う」とするのは男性12.4%に対し、女性は4.3%と大きく違うが、第2段階以降では近づいてくる。中国、米国では男女による差は全段階にわたって殆どない。

                              (記録:井上邦信)

*記録者注:草食系男子(そうしょくけいだんし)または草食男子(そうしょくだんし)とは2008年ごろよりメディアで取り上げられるようになった用語である。一般的には「協調性が高く家庭的で優しいが、恋愛に積極的でないタイプ」の主に20、30代の若い男性を指す。(ウィキペディアより)