第 3 6 9 回 講 演 録


日時: 平成21年9月8日(火) 12:30~
演題: 運動制御・バイオメカニクス研究から判ってきたこと
       ~死ぬまで元気、医療費削減を目指して~

講師: 早稲田大学人間科学学術院 教授 医学博士 鈴木 秀次氏

    大学院人間科学研究科、人間科学部健康福祉科学科

              運動制御・バイオメカニクス研究室

      (ホームページ http://www.f.waseda.jp/shujiwhs/index-j.htm


1.研究テーマ

 日常生活やスポーツ活動時の動きの仕組みとその動きの科学的根拠及びその動きの機構について系統的に検討している。併せて健康とストレッチングとの関係を運動制御・バイオメカニクスの立場から研究している。

2.研究の動機

高校のときは陸上競技をしており全国レベルで入賞を果たしたが、大学に入って怪我もあり活躍できなかった。何故か。身体運動を科学することに興味を持っていた。

3.人はどこまで早く走れるか

今年8月のベルリン世界陸上でボルト選手が男子100mで9秒58を出した。1900年には11秒程度であったが、2000年には9秒79まで短縮、2050年を予想すると9秒55となった。ボルト選手はそれを40年間短縮した。人間は競争すると意識し、緊張し、共縮(筋肉が引っ張り合って力は出しても動きに繋がらない現象)が起こる。ボルト選手は朗らかで、あっけらかんとしており、一番早く走れるチーターの動きに似ている。大脳皮質の働きを抑えながら、脳幹や脊髄レベルで走れば軽やかでしなやかに伸び伸びと走れる。

4.身体運動の仕組みの研究

身体運動での動きの仕組みを神経生理学(動物がそのものを動かすときの仕組み)とバイオメカニクス(人間と外部環境との間の物理的な相互作用)を結合したニューロメカニクスの見地から研究する。しいては健康なからだづくりに貢献する。

5.現在興味を持っているテーマ ~死ぬまで元気、医療費削減を目指して~

 人間ドック受診者の内で健康な人は、1984年には30%、2001年には7人に1人、2009年には10人に1人。若いときの体を保ちつつ、死ぬまで元気に生きるためには、細胞の老化を防ぐ必要がある。ロンドン大の研究では、運動不足は10歳老けると指摘されている。このためにはどんな運動をすれば人の世話にならずに、楽に生きられるかを研究目標にしている。

6.適度な運動による細胞の活性化

 過度の運動は良くないことが科学的に証明されており、余り疲れない適度な運動の一つとしてとして初動負荷トレーニングがある。人間には約600の筋肉と約200の骨があり、余分なものはなく、これらを満遍なく使って運動させることがポイントである。初動負荷トレーニングの汎用化により健康体となり、医療費の削減に繋がると考えている。

7.初動負荷トレーニング理論

 小山裕史氏(現在は早稲田大学大学院博士課程在籍)は現場での指導のなかで、スポーツ選手の筋痛、故障、障害を抑制・防止し、パーフォーマンスの向上を包括した動き作りと、その動きを可能にするトレーニング法の研究を続け、1994年に初動負荷トレーニング理論を発表し、自ら開発したトレーニング機器で実証している。

反射の起こるポジションへの身体変化およびそれに伴う重心変化などを利用し、主動筋の弛緩⇒伸長⇒短縮の一連動作を促進させ、かつ主動筋と拮抗筋との共縮(綱引き)を防ぎながら運動を行うものである。ここでいう反射とは、刺激を受けたときに上位中枢(脳:随意)まで伝えることなく、反射中枢(脊髄:意志と無関係)で応答反応することである。

8.初動負荷トレーニング実施例

(1)イチロー(米国メジャーリーグ・マリナーズ)

 前日米国で2000本安打を2番目の早さで達成した。オリックスにいたときに小山裕史氏の指導を受けて初動負荷トレーニングを取り入れ、大きく飛躍した。現在も自宅にマシンを置いて初動負荷トレーニングをしており、怪我が非常に少なく、どんな球でも打てると言っている。

(2)青木宣親(ヤクルトスワローズ)

講師のゼミの出身で、高校時代は甲子園組でなく大学でもごく普通の選手であった。大学2年のときに初動負荷トレーニングを勧めたところ没頭し、日本を代表するプロ野球選手となった。

(3)他に、伊東浩司(陸上100m日本記録保持者)、山本昌(プロ野球中日)、杉山愛(テニス)、藤田俊哉(サッカー)、青木功(ゴルフ)等多くの選手が小山裕史氏のもとで初動負荷トレーニングを取り入れている。

9.初動負荷トレーニングと従来の筋力トレーニングとの違い

 従来の筋力トレーニングでは、随意的に頑張って筋収縮を繰り返すので、絶えず筋緊張・関節可動域減少(リラックス期間が少ない)⇒酸素供給制限⇒筋硬化が起こり、柔軟性がなくなり、筋断裂などの故障が起こり易くなる。筋骨隆々になるが、筋肉痛を引き起こしたり、疲れて長続きしない。一部の選手はそれを乗り越えて効果を挙げることができるが、普通の人はその必要がない。

これに対して、初動負荷トレーニングでは反射的に筋弛緩⇒負荷による筋伸張⇒伸張反射誘発⇒筋短縮を繰り返す。いろいろな筋肉が少しずつずれて収縮する。反射機能の強化、体ほぐし、柔軟性強化、筋力強化に繋がる。弛緩期があるので、充実感があるものの疲れない。体力のない人、中高年齢者のトレーニングに適している。リハビリにも適している。

10.初動負荷マシン

 ニューラットマシンは、カム・クランク機構部が垂線上の上下動作に加え、水平方向への開閉運動が同期することで、関節運動の自由度が増え、捻り動作が可能となるように設計・製作されている。肩甲骨の動きの機能向上が図れる。この他マシンは20種類ほどあり、一つのマシンで数種類の動作が可能で、一つの動作でいくつもの関節が関わってくるので、殆どの骨格筋が弛緩―伸張―短縮を繰り返すことになる。トレーニング時間は30~90分であるが、筋肉痛がなく楽に行える。

11. 初動負荷トレーニングの効果

(1)五十肩が改善した例

3ヶ月間で合計45回のトレーニング(1回60分程度)で肩可動域が拡大し、毛細血管が柔軟になったことにより高血圧の血圧も安定化した。

(2)アンケート調査

 ワールドウイング町田、ワールドウイング池袋、ワールドウイング相模原で定期的にトレーニングを行っている中高年者97名(平均年齢49歳)を対象に、月1回の頻度で計3回の調査を実施。柔軟性向上、肩こり改善、疲れにくくなった、体が軽くなった、腰痛改善、睡眠改善、姿勢改善、発汗改善、バランス能力向上が認められた。心の不安等の精神的なものも、体が楽になることにより改善されている。

(3)鳥取市の取り組み(NHK-TVより)

要介護の軽い人11名を対象に、それぞれの症状に応じてマシンを選び、初動負荷トレーニングを行っている。股関節の柔軟性が改善されたことにより、階段を容易に上れるようになったとの報告がなされている。

12. マシンなしでのトレーニング

初動負荷トレーニングは動き作りと健康作りに優れた画期的なトレーニングであるが、マシンが必要で、全国で10箇所程度のジムにしか置かれていない。マシンなしに同様の動きを可能にするストレッチ体操を考案した。10種類の連鎖反応ストレッチとして、講師のホームページの講義のサイト(http://www.f.waseda.jp/shujiwhs/class.htm)で紹介されている。

13.まとめ

 初動負荷トレーニングの動作における筋活動様式は、

① 反射的に運動を行う

② 筋活動に先立って弛緩相(リラグゼーション)がある(弛緩―伸張―短縮を繰り返す)

③ 体幹の近位から遠位へ(中枢から末端へ)の筋活動が現れる

④ 共縮が起こらない

である。動作の特異性(それぞれの動作が持っている特徴)を考慮したトレーニングを行うことにより、「生活における身体的・精神的質を高め、Well-being の獲得」に繋がる。

 

                                                   (記録:池田)