3. キリムの裁断について
陣羽織キリムのように複雑な絵柄では横糸が頻繁に変わって、短くなるので、裁断場所には細心の注意が必要だ。また裁断面も適切な処理を施さないとほどけてくる。
ここで注目されることは、キリムの大きさに制限があるために、陣羽織の仕上がりでの絵柄の合わせ方、そしてキリムや絨毯には必ず絵画の額縁に当たるボーダーというものがあるが、この部分を陣羽織にどのように生かすかということである。
     陣羽織の前身頃(逆絵柄) 後身頃(正絵柄)

上の写真が仕上がった陣羽織である。前身頃が逆絵柄になっている。
陣羽織の前身頃の襟部分、および後身頃の裾はいずれも絨毯の主ボーダー(カルトーチ型)を使っている。
それ部分を下の写真に示した。
 前身頃の襟
 後身頃の裾

それが判るのは襟の部分は主ボーダーにあるカルトーチという枠の横割り半分が現れている。(写真襟部参照)
一方後身頃の裾はカルトーチが七割以上現れている。また裾のカルトーチの上部に走る白地に花柄を描いた細帯はサブボーダーである。
先に指摘した陣羽織の前身頃が逆絵柄になっている事とカルトーチのボーダーの位置関係からキリムからの裁断は次のように推定出来る。カルトーチの部分に注目。

左身頃 右身頃
逆絵柄になっているのは身頃の肩山(肩の位置)で折り返しているからである。即ち着る人の肩の部分で前身頃、後身頃になっている。前身頃にカルトーチ側を使えば正絵柄になる。
しかし和裁の流儀では肩山に縫い目は絶対に使わない。従って柄合わせは出来ない。
普通の人なら、なぜ前身頃にカルトーチの入った正絵柄を持ってこないのか、その方が対面する人の視線が前身頃、足もとのカルトーチと広がり、しかもその色の濃淡を伴って服装全体の景色がよくなる。
しかし、それは着物の流儀を知らない素人の判断らしい、着物の世界は実に奥ゆかしい。製縫者は表に出ない隠れた部分、あるいは背中の部分に細心の神経を使って、秘められた粋さ、仕上がりの美しさに拘るのである。その結果次のような理にかなった場面が出てくる。将軍と対面しているときに、従者は将軍の顔や話に集中していて、服装には気が回らない。将軍が後ろを向くと、部下は緊張が緩んで、後姿を眺める余裕が出来る。そのとき猛獣闘争文が浮かび上がる陣羽織を見て、改めて将軍の心境を思計るであろう。同時に部下に戦闘心を煽りたい将軍にとって、効果満天である。戦場の拠点では将軍は椅子に座っている、この場合、前身頃は脚の両側に流れて、正面から良く見えない、また騎乗した場合将軍が先頭を行き、部下は後ろからついて来るから、後姿しか見えない。和服の流儀は着る人の弱い面、後姿を如何に端正で、すきのない美しさで満たすのかに拘るのである。
このキリムの長さを推定すると、陣羽織の身丈が0.99mである、また前身頃(主ボーダーがない)後身頃(主ボーダーを含む)、両者合わせて約2mである。さらに前身頃のカルトーチが切り落とされているので、このカルトーチの幅が20cmあるとすれば、このキリムの長さは縫い代を含めると2.3m以上でなければならない。
ペルシャ絨毯の寸法はかなり大雑把ではあるが、概略の基準があって、キリムの長が2.3m以上ではイラン語で“パルデ”と呼ばれる寸法に該当する。
即ち陣羽織のキリムの寸法は、およそ 幅:1.3−1.6m 長さ:2.3−2.5mである。
このキリムを陣羽織に仕立てることに思いを馳せた背景は織田、武田、上杉、徳川など16、17世紀の群雄割拠の戦国時代であったが、この日本人好みとはいえないが華麗で人目を惹く派手さ、猛獣闘争文様が陣羽織にピッタリだと判断したからだろう。
続く