はじめに
日本の生ビールには独特の歴史がある。生ビールの定義について、10年以上サントリーとアサヒ間で係争があり、昭和54年(1979)、公正取引委員会が「熱処理しないビールすべて」と公示して決着した。
サントリー「純生」ビールの誕生
ウイスキーメーカーであったサントリーがビールを発売したのが昭和38年で、それから4年後の昭和42年に「純生」を発売、翌年に「純生」缶ビールを発売した。
「純生」はNASAが開発したとされるミクロフィルターを使用し、従来の熱処理の代わりにフィルターで酵母菌を除去したビールである。
アサヒの反論
アサヒは酵母菌の無いビールは生と表示すべきでないと告訴し、昭和43年に「本生」を発売した。キャッチフレーズは「本当の生です。酵母が生きています。」であった。
しかし賞味期限は2週間で、工場近辺しか出回らなかった、とされる。
10年以上に亘る係争の後、昭和54年に公取が「熱処理しないビール全て」と公示して決着した。
日本における生ビールのシェア推移
昭和52年(1977) 10%
昭和62年(1987) 50%
平成 3年(1993) 70%
平成 6年(1996) 99%
海外における生ビールの定義
熱処理 容器 日本 米国 ドイツ カナダ等
ベルギー等
有 樽 × ○ ○ ×
有 瓶・缶 × × × ×
無 樽 ○ ○ ○ ○
無 瓶・缶 ○ ○ × ×
アルミ溶湯処理技術が発端となった“裏話”
“裏話”を知っている生き証人は、私一人になってしまった。
昭和40年、私の父が米国に出張し、カイザー社が開発したとされるアルミ溶湯処理用セラミックフィルターの5cmφ円板で、メッシュの異なるサンプル数種類を持ち帰った。(NASAとカイザー社の関係は不明であるが。)
海外出張はまだ珍しい時代、経団連では海外出張者が報告会を行い、父もサンプルを持って講演を行ったところ、講演後サントリーの佐治社長が寄ってきて会話をし、翌週には米国に飛んで行った、(という)話を父から聞いた。
暫くして「純生」が発売され、間もなく西荻の自宅に「純生」瓶ビール1ダースが、お礼として届けられた。
余談:ドイツのビール
<その1>:父の話
第二次世界大戦中に2年半ドイツに滞在した父は、ドイツのビールについて口癖が3つあった。
1).ドイツのビールは室温(15℃くらい)で、日本のビールは冷え過ぎだ。
(暑い日本の夏では仕方ないかも知れない。)
2).泡が多いとドイツ人は口うるさいので、ジョッキに目盛りが入っていて、キッチリ目盛りまでビ
ールが入っている。
3).日本ではビールまで酌をするが、注ぎ足しではビールがまずくなる。
<その2>:私の少ない経験
1).ミュンヘン:ホフブロイハウス
1991年9月、BMW研究所を訪問後にビアホールを訪れた。
当日は私の誕生日で、数百人の客の中から誕生日10人前後が前に出て、楽団に合わせてフォークダンスを踊った。
(写真1.楽団:ネットより)
ダンスが終わり、何かプレゼントでも?と思ったが何もなかった。
話では、誕生日の人は連れに3万円くらいのシャンパンを振舞うのがドイツ流とのことで、すごすごと引き下がった。
(写真2.HBのコースター)
2).デュッセルドルフ:フュックスヒェンのアルトビール
ドイツのアルミ精錬業界の業界誌「Aluminium」(学会誌の内容である)を発行する連盟を訪問後、ビアレストランを訪れ、路上でアルトビールを味わった。
編集長曰く「瓶ビールなど、あんなものはビールではない、まずくて飲まない」であった。
同行の日本人「このビールちっとも冷えてない、なんだこれは?」と不服顔。
私(心の中で)「なるほど室温だ」であった。
(写真3.Fのコースター)
参考1.アルトビールとは
Altは古いであるが南ドイツから世界に伝播したラガービールより醸造方法が古い、という意味。
デュッセルドルフのライン川沿いに大小様々な自家醸造酒場がある。
木樽醸成で、一次発酵を終えたビールは木樽に移され、未発酵の麦汁が加えられて密閉される。すると樽の中では未発酵の麦汁を栄養にして二次発酵が行われ、1カ月以上掛けて低温で熟成される。その過程で炭酸ガスがゆっくりと溶け込んでいく。
完成した樽はすぐに店に運ばれ、立てた樽の下方に蛇口を打ち込むと、重力でビールが出てくるという原始的な仕組みである。
一般的なビールは炭酸ガスや窒素ガスで金属の樽に圧力を掛けてビールを押出しているが、木樽醸成では発酵中に造られた炭酸ガスだけがビールに程良く溶け込み、口当たりがほわっとまろやかになる、とある。
参考2.ワイングラスにも目盛り
1996年、ハイデルベルグ城を訪れた。
地下には巨大なワインの樽があることで有名である。
ちょうど800年記念で特製ワイングラス付きで白ワインを飲ませていた。防腐剤なしのハウスワインはスーと喉を通った。
ワイングラスを良く見ると、やはり目盛りが入っていた。
(写真4.800年記念ワイングラスと目盛り)
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