代ゼミ夏期講習で聴いた矢野健太郎(数学者)の講義
川村 知一

はじめに
《テレビの地デジ化が近づいたことで、思い出したことがある。》
昭和35年、私は浪人生で、自宅から5分、市ヶ谷駅の堀向こうにあった、粗末な木造2階建て校舎「城北予備校」に通っていた。
風の便りで、“代々木に新しいビルの予備校が出来て(代ゼミ)、冷房完備で女子浪人生もいるらしい”、という情報が入った。当時、学校の教室に冷房など無縁の時代で、女子浪人生などという単語も珍しい時代であった。
気分転換と称して夏期講習は「代ゼミ」に通ったところ、1時間だけであったが、数学者、矢野健太郎の特別授業があり、授業風景が記憶に残っている。

[1本の直線と数字]
授業が始まると、先生は横長の黒板に、チョークで3mほどの1本の横線を引き、0から10の目盛りを振った。次に生徒達に一目盛りの間を数字で埋めさせていくのだが、数字では埋め尽くせないことを示し、「穴だらけである」というのが結論であった。
当時、アナログ、デジタルなどという外来語は、まだ社会一般に認知されていない時代であった。
先生は浪人生達に、(アナログの)直線は(デジタルの)数字では埋め尽くせないことを示し、(アナログとデジタルの違いを具体的に)教えてくれたものと思われた。

趣味・活動で、私はここ数年アナログレコード鑑賞に凝っている、と書いたが、“ツヤやか”で快い音色のアナログ音を聴くと、デジタル音は、澄んだ音色ではあるが“サラリ”とした軽さを感じてしまう。
バイオリンの音色「ツィー」で、アナログでは繊細で引きずるような音色が再現されるが、デジタルでは出てこない。
ピアノ曲、辻井伸行のCDとルービンシュタインのアナログレコードでは、音色が別物である。
(デジタル音は“穴だらけ”?)

地デジ化が近いが、我が家はいまだブラウン管TVである。
液晶にしろ、プラズマにしろ、画素数は向上したが、相変わらず反応速度、色の階調、白トビ、黒ツブレの点でブラウン管画質に及ばない。TVメーカーは、さらなる技術向上にしのぎを削っている。
(デジタル映像は“穴だらけ”?)

★アナログ、デジタルの違いを見分け、聴き分ける、有機物質で出来た人間の“目”、“耳”の性能は驚異的である。

追記
矢野健太郎(1912〜1993年)をインターネットで調べると:小学生の時にアインシュタインが来日し、相対性理論に関するニュースを聞いたのが、数学を専攻するきっかけになった。
相対性理論を理解するには微分幾何学を理解しなければならない、ということで1936年パリ大学に留学、戦後はプリンストン高等研究所で研究を行った。
また同高等研究所にいたアインシュタインと親交を深めた。
矢野をそのまま英訳すると、Vector Field(ベクトル場)という意味だと言って、アメリカの研究者を驚かせた、という。

4月に箱根宮の下富士屋ホテルに行った時、同ホテルに宿泊した有名人の記録に、アインシュタインの直筆があった。(写真1)

平成23年7月8日