原発がないと経済はどうなるか?
 井上邦信
はじめに
世の中は今、「原発」に「反」、「廃」、「脱」、「卒」、「即停」、「徐減」、「溶暗(フェードアウト)」、「縮減」、「再開」、 「維持」、「続」などの接頭・接尾辞を付けて、正に百家争鳴の議論が闘わされています。
「原発を再稼働させなければ電力会社は経営で きなくなる。電力料金の高騰で日本企業が国際競争力を失い、日本経済が停滞する。電力不足と高料金で国民生活は疲弊する」と主張する論者も多くいます。
 さあ、 どうなるのでしょうか? どうすればよいのでしょうか?

現実問題として、原発事故により国民の多数が原発について抱いている不安感や、一種のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を癒す特効薬のような安全宣言が出されない限り、日本国内のほとんどの原発は再稼働ができないと思われます。
太陽光、風力等の再生可能 エネルギーも現状は量的に原発の代替をするにはほど遠く、厳しい状況が続くことを覚悟しなければなりません。つまり、私達は当分の 間(かなり長期にわたって)「原発再開」か「耐乏生活」か我慢比べを強いられることになります。 結局のところ、CO2の拡散には目をつむって、化石燃料を多く使って火力発電を全開し、水力も規模を問わず全稼働するしかなさそう です。それでは、今、原発をすべて止めた状態で、どれだけの電気が使え、どのようなレベルの経済活動ができ、どのような生活水準が 保てるのでしょうか?  電気事業連合会(以下「電事連」)のホームページにある「電力データ」をもとに、分析と試算を試みることにします。

1.電力9社の発電設備能力と最大電力の長期推移

電事連の「電力データ」には1951年から2010年までの過去60年間の日本の電力会社9社(1981年から参入した沖縄電力を含めると国内10 社になりますが、ここではデータの継続性から9社)の発電設備、発電電力量、最大電力などの電力の需給に関するデータが公開されて います。
この分析ではその中から次のデータを使うことにします。

1.1 使用データ
 @ 「発電設備(認可出力)」
 電気事業法に基づき発電施設ごとに認可された発電能力で、水力、火力、原子力などの電源の種別にデータが示されています。
 A 「最大電力(発電端)」
  電力の消費の急増に合わせて発電所(発電端)の出力が最大になった時の電力で、猛暑日、酷寒日(という呼び方はありませんが)など に発生します。日、月、年などの一定期間内に発生した最大値(kW)で示されます。
 一般の物品の製造・販売では一定期間内の累積 の需要量に合わせて製造設備の能力が決定されます。
電力の需要量を示す値としては「販売電力量」などの一定期間で積算した電力量( kWh)があります。しかし、電力の場合は、蓄電システムや揚水式水力発電などの例外を除き一旦発電した電力をエネルギーとして蓄積(在庫)しておくことができないので、在庫が持てる物品と違い、期間の販売量では必要な設備能力を決めることができません。つまり、発電設備の出力は累積消費量ではなく瞬間的に発生する最大の電力需要に対応できる能力を持たなければなりません。
そのため、こ の分析では、一定の発電設備能力で許容される最大の電力需要(消費)量として「最大電力」を使うことにします。「最大電力」は確か に年に一度しか発生しない、ある意味で「異常値」ですが、この「異常値」への対応能力がないと、大規模停電などの大事故が起きてし まいます。

1.2  電力設備能力と最大電力の推移
次のグラフ(図1―1)に電力9社の電源の種類別の認可出力と年間に発生した最大電力の過去60年間の推移を示します。                      
 
1961年に「水主火従」から「火主水従」に変わり
ました。
 そして、1970年に原発が稼働開始して以来、
電源別構成比の中で原発の比 重が徐々に高く
なり、1990年には水力を超えました。
 2010年には次の表1−1のような電源構成に
なっています。 
 
 
図1−1のグラフには最大電力の推移が重ね合わせてあります。
最大電力は1990年代に入って、それまで続いていた増加傾向が鈍化し、 グラフ線は「八ヶ岳型」になり年度別の変動幅が大きくなっていますが、趨勢線としてはやや平坦になってきました。 


ところで、最大電力の値を決定する最大の要因は何でしょうか?

最大電力が主に猛暑日に発生することから考えて、最大電力が長期的に増加を続けてきたのは、夏季の気温が地球温暖化のため年々高く なったからなのでしょうか?
そこで,東京電力管内の年間最大電力と最大電力発生日の最高気温との相関関係を数十年にわたってプロットして見ましたが、右の図1- 3の通り殆ど相関関係は見られませんでした。

意外にも最大電力は気温の関数ではないのです。 
年間最大電力は1960年代まではすべて冬季に発生していたのが1970年に入り夏季に発生するようになりました。そこで考えられるのは、 最大電力の増加は気温上昇ではなく、主に冷暖房設備の設置数と能力の増加によって決まっているのではないかということです。つまり 、最大電力を決めてきた支配的な要因は、気候変動ではなく、冷暖房などの電力多消費型の施設の充足により生活水準が向上したことや 経済活動全体がより多くの電力エネルギーの投入を求めた結果であることを次に定量的に説明します。                                                                                     
電力消費量を景気動向の先行指標として使うケースもあるように、電力量の変動は経済活動量の変化を映す指標といってもよいのです。因みに、通常、最大電力は冷房需要の増える夏季に発生しますが、図1−4に示すとおり、東京電力では大震災後の2011年度に夏季最 大電力が急落し、1968年以来43年ぶりに冬季最大電力が夏季最大電力をわずかながら逆転しました。夏季最大電力発生日の最高気温は前 年の2010年が35.7℃で、2011年が36.1℃で逆に高くなったにもかかわらず,夏季最大電力が急降下したのは、節電が奏功したためと考え られます。 図1−5に電力9社の最近3年間の最大電力の推移を示します。各社とも2011年は最大電力が対前年比大幅に減少し、9 社計で△12.5%,東京電力で△18%の減少となっています。 
 
.3 設備予備率                                            
最大電力に対する発電設備能力の「予備率」を図1−6に示します。ここでは「予備率=(発電設備能力―最大電力)/最大電力」と定義 します。実際には、認可された発電設備がすべて常時稼働可能な状態にあるわけではなく、老朽化や保守、点検などのため休止している 設備もあるので、予備率にはそれを考慮する必要がありますが、ここではすべての設備が運転可能な状態にあると仮定します。 この図 では、原子力を含む「全電源」とそれを含まない「非原発電源」のそれぞれについて予備率を示しました。全電源の予備率は1970年前後 に一時0を割り込んでいますが、その後は年度によって変動はあるものの平均して10%以上を維持しています。 
 
ここで問題は、この分析のメインテーマでもある「非原発電源」の予備率です。原子力電源への依存度が高くなった1980年代後半から、 非原発電源での予備率はマイナスサイドに転じ、1994年、1995年にはマイナス20%を超えてしまいました。しかし、その後は最大電力の 伸びの鈍化傾向も相まってマイナス幅も減少傾向に向かい、2009年はほぼ均衡するところまできました。 

2.原発をすべて止めたら電気はいくら使え、どのような生活ができるか?

2.1 最大電力とGDP
1.1項で示したグラフ(図1−1)の各種数値を{総発電能力}{非原発発電能力}{最大電力}の3つの数値にまとめ、GDP(国内総 生産)を加えて、それぞれの数値の推移をグラフにしたものが下の図2−1です。 
 
ここで上の図2−1に示された{最大電力}と{GDP}の相関関係を見てみます。次の図2−2に示したようにこの二つの数値の系列 の間には非常に高い相関関係がみられます(決定係数R2=0.9833)。
つまり、最大電力は猛暑日などの異常気象日に発生するものの、最 大電力の数値は、その時の気温の数値よりむしろその年のGDPの絶対額の大きさによって決まっているといってよいのです。 
 

1990年代後半から最大電力の変動幅が大きくなっていますが、これは図2−3に示した通り、GDP(国内総生産)で見た産業構造 の変化も影響しているのではないかと思われます。

1990年代以降は、相対的に比重が低下した製造業部門が省エネルギーに努める一方で 、GDPで製造部門を逆転したサービス業部門は電力消費量の季節変動が他の産業に比べて比較的大きいことも影響しているのではない かと考えられます。 
                                           図2−3
2.2 原発をすべて止めたら電気はいくら使え、どのような生活ができるか?

それでは、この辺で本題の結論を出すことにしましょう。

2010年度の電力9社の総発電能力(認可出力)は202百万kW、うち原発が46百万kW、非原発設備が156百万kWとなっています。ここで 、全国のすべての原発(稼働再開した大飯原発も含め)を止めてしまった場合の発電能力156百万kwで何ができるでしょうか?  

図2−1の中程に水平の点線で
          @「2010年値 100%」=156百万kW、
          A「2010年値 90%」=143百万kWが示されています。
それぞれ2010 年度現在の非原発設備の認可出力に対する予備率が0%と10%の場合を示しています。
それぞれの水準線を遡ってGDPと最大電力の 交わる点が、それぞれの設備能力水準で実現できるGDPと最大電力の値とみなすと、下の表2−1のようになります。 
 
一方、図2−2でえられた近似式 { 最大電力=0.33669xGDP−13,278 }  に上記の2010年非原発電源の値を挿入するとGDPの値は 下の表2−2のようになります。 
 

上記分析の結果、2010年現在の非原発電源の設備能力で達成できる経済活動(GDP)は概ね1992年のバブル崩壊直前の水準であること が分かります。

思い起こせば、この時期は経済が伸びて行く過程にあったこともあり、私たちはこの当時の生活水準でそれなりに満足していたのではないでしょうか?
もちろん、前述の通り当時と現在では産業の構造も違い、生活様式も電気の使い方もかなり変わってい ます。
GDPは当時と同額であっても、その中身は異なります。
しかし1単位の投入電力エネルギーに対するアウトプットとしての経済活動の効率はよくなっているはずです。
当時と同量の電気エネルギーでより高い質の生活水準が保てるはずです。

仮に原発が再稼働出来なくても、このレベルの電力供給で維持できる経済規模と生活水準で、当分の間、満足感は得られないにしても、 十分耐えて行くことはできるのではないでしょうか?


なお、全原発がほとんど停まった状態だった2011年でも9社計の最大電力156.6百万kWで、GDPは506.8兆円を達成しています。節電努力をすれば、上記分析の近似式でえられる値よりかなり高いGDPが実現できることが実証されたといってよいでしょう。 
                                                                                                                                           以上

(補足資料)
          電力10社使用電力量(kWh):GDP(実質) 推移

本稿では非原発電源の設備能力で許容される最大電力(kW)に基づき、GDPと最大電力量との相関を分析しました。
しかし、本来フ ロー値のGDPとストック値である設備能力(=許容最大電力)の相関を見るのは不適切ともいえます。そこで、フロー値である「使用電力量(kWh)」をGDPに対応させて相関を分析してみました。
その結果、下記のグラフに示したとおり、使用電力量は最大電力と 同じく、GDPと強い相関を持つものの、相関の度合い(決定係数)は最大電力とほぼ同程度であることが分かりました。
このグラフで いえることは、1980年代から1990年代にかけて、一部の異常値を除いて、使用電力量の伸びがGDPの伸びを下回り(弾性値が 下がり)、ある意味で、経済活動の電力使用効率が高まったといえる時期があります。 
                                                                                   図3−1
                    図3−2
 
                    図3−3
 
註)本稿で使用した図表は全て電事連、東京電力の公表数値データに基づき筆者が作成したものです。
2012年12月8日