第 3 8 9 回 講 演 録

日時: 平成23年8月17日() 13:0014:45

演題: 三日坊主克服法 〜やめられない不健康習慣、続かない健康習慣を変えるヒント〜講師早稲田大学 人間科学学術院 教授
                教育学博士
(E.D)、博士(心理学) 竹中 晃二 氏

1.研究内容

私の研究テーマは、まさしく三日坊主克服法であり、健康心理学で、健康行動を始めさせ、続けさせ、止めてしまうのをどう予防するかがテーマである。分かっているけどできない、分かっているけど止められない人たちに、保健師や栄養士は分かっていない人に言うような言い方をするので、相手は意固地になってしまう。例えば、タバコを吸っている人に、「タバコを止めないと駄目ですよ」と言う。子どもがテレビを見ていて、そろそろ勉強しないといけないと思っている時に、母親が叱るのと同じである。相手の考え方やレベルに合わせて話していかなければならない。個人のみならず、家族、組織、地域、風土なども考慮する必要がある。研究の対象者は、子どもから高齢者まで、疾病の患者も含んでいる。

 高齢者、メタボの中年、ストレスのある小学生、疾病の患者のいずれであろうと、成果をもたらすためにはどのようにして健康行動を継続するかが課題である。研究室の大学院生には保健師や理学療法士もいるが、彼らは働いていたときに、患者は分かっているのに何故できないか疑問を持って入ってきている。お医者さんは指示し、脅しを掛けるが、健康行動は続かない。

2.介護予防と生活習慣病予防は違う!

 死亡原因は、がん、心疾患、脳血管疾患などである。これに対して寝たきりの原因は、死亡原因と似ている脳血管障害、その他には廃用性症候群(体を動かさいことで動けなくなる)、転倒骨折、認知症、関節疾患などである。生活習慣病予防と介護予防では、やるべきことが違うことを認識しなければならない。例えば、廃用性症候群では自助努力で、日常生活の活動をできるだけ落とさないようにする。

2006年度に介護保険制度の見直しがあり、それまでの手当や補助の考え方から、介護予防の支援システムを確立することが必要になった。生活機能を低下させないための健康診断としての新しい提案は、①認知症(痴呆)・うつ、②口腔機能(唾液が出るか、硬いもの・美味しいものを食べられるか)、③栄養改善、④運動器、⑤閉じこもり、である。運動器は転倒や日常生活にも関係するが、外出が減ると、人との係わりが減り、閉じこもりに繋がるので、関節や筋肉を使って外出できるようにすることが大事である。

高齢者の転倒の原因は、なにげない場所での転倒が57%と、階段・段差からの転倒の19%より多い。転倒は寝たきりの原因にもなるので大変怖いが、どう防ぐか。筋力トレーニング、バランス・トレーニング、柔軟性トレーニングやこれらの組み合わせが考えられるが、日常生活における活動量(外出、炊事、掃除など)を減らさないことが重要である。しかし、特別な場所で行っている転倒防止教室などに出てくる高齢者は、転倒しそうにない元気な人ばかりである。転倒の危険性のある人は、決まった時間に決まった場所に行くだけで妨げになるので、自宅で行える活動に着目して、プログラムを作っている。

3.ステージ理論とステージ調査

 ステージ理論では、行動実践の程度や心の構えによって初期ステージと後期ステージに分ける。初期ステージは、①前熟考ステージ(今もやっていない、将来もやる気がない)と、②熟考ステージ(今はやっていないが、近い将来やろうと考えている)である。いずれも行動を起こしていないが、考えているか否かの違いがある。後期ステージは、③準備ステージ(目の前でやっている、たまにやっている)、④実行ステージ(6ヶ月未満定期的にやっている、逆戻りしやすい)と、⑤維持ステージ(6ヶ月以上やっている)である。

 運動実施状況の例では下図により、ステージ調査を行い、それぞれのステージに合わせて、ステージを上げていく。

 実行ステージおよび維持ステージの人は、働きかけなくても各人が勝手にやるので問題ない。前熟考ステージの人には、ポスターを貼ったり、申込者を送ったりしても、見向きもしないし、ウォーキングを提案しても聞く耳を持たない。このまま運動不足でいると5-6年先にどんなに怖いことが起こるか、転倒したら寝たきりになるなど、感情に訴えていく。熟考ステージの人には、一歩踏み出させる簡単なものを提案し、健康行動についての思い込みを取り除く。準備ステージの人には、たまにやっているので、いかにして継続させるかを提案する。

 なお、本講演の聴講者の各ステージの内訳は、前熟考ステージ1名、熟考ステージ6名、準備ステージ5名、実行ステージ6名、維持ステージ6名であった。

4.中・高年期健康調査(T市の例)

単なる中・高年齢者の調査ではなく、対象者を三つのグループに分けて、それぞれ知りたいことの調査を行った。①55~64歳を対象に健康行動の実態調査、②63歳を対象に定年退職時・後の夫とパートナーの同時調査、③70~79歳の高齢者を対象に一般的な生活調査を行った。

4-1.調査結果

(1) 55~64歳の調査

回収率は40%と、この種の調査としてはかなり高く、仕事をしている人としていない人は半々であった。健康と思っている人が多いが、「肩こり」、「疲れやすい」、「なんとなく体の調子が悪い」、「疲れが翌日に残る」などの症状がある。身体活動と運動に関する調査では、維持ステージの人がかなりいるが、準備ステージの人も多い。ストレス(心配事、イライラ、不安など)の対処、およびバランス良い食事に関する調査では、ほとんどの人は維持ステージにいるが、次に準備ステージの人が多い。喫煙経験のある人の禁煙については、維持ステージの人が半数であるが、30%の人が前熟考ステージで、止める気がサラサラない。社会参加については、熟考ステージの人がかなりいて、何をしていいか分からないと考えられる。(不)健康行動についての男女別の初期ステージの割合は下表の通りである。身体活動および男性の飲酒については、取り上げていく必要があると考えている。

 

身体活動

栄養

ストレス対処

喫煙

飲酒

男性

62 %

33 %

36 %

34 %

52 %

女性

53 %

28 %

21 %

9 %

14 %

(2) 63歳を対象とした定年退職時・後の調査

回収率は47%と結構高かった。定年後の体調に関する調査では、夫はイライラが減ったのに対して、パートナーは逆にイライラが増え、生活リズムの乱れも増えている。体重は、ともに増えている。夫に対する「これから定年を迎える人に、定年後の健康を保つために伝えたいこと」の調査では、T市の健康センターが期待していた「健康についての学習会に参加する」や「正しい健康情報を知る」は全く希望されず、生き甲斐や趣味を持つことが重要で、健康は知識よりも実際の行い方を教えて欲しいということであった。

(3) 70~79歳の高齢者の生活調査

回答率は68%と異常に高い。介護認定を受けている人は8%と少なく、慢性疾患の人は59%いるが、転倒不安はないし、健康な人が回答している。ただし、元気な人と元気でない人が分かれてくるので、今回の調査では一概にいえない。

4-2.調査結果を踏まえて、今後介入として行える内容の提案

(1) 55~64歳の人

仕事以外で生き甲斐を持ち、ストレスの自己管理教育を行う。また、行動変容が生じやすい情報提供を望んでいるので、ステージに合わせたアプローチをしていく。

別の自治体(T町)の健康づくりに係っているが、この年齢層の男性は難しい。仕事から解放されて自分の時間があるが、健康作りをどのように進めるか、具体的な内容が思いつかず、考えあぐねている。老人会に入会するほど高齢ではなく、体力の衰えもそれほど心配していないが、時々つまずいて転倒したり、物忘れを自覚するようになっている。この年齢層への働きかけが有効にできれば、その後の老年期における行動に好影響を与えることができる。

(2) 63歳の人

 定年予備軍へ情報提供を行う材料として、社会活動など家庭外の活動に目を向けさせ、パートナーの焦燥感や生活の乱れを解消させる秘訣を伝えていく必要がある。定年後に家族と良好な関係を保つために必要な内容は、夫婦間で若干の違いがあることから一律化できない。定年予備軍会を結成して定年に備えることも重要である。

(3) 70~79歳の高齢者

 回答者は極めて健康で、高齢者の代表と見なすことはできないが、健康度に応じて、また必要度に応じて、下位集団を想定し、対象者にマッチしたサービスを提供する必要がある。

5.早稲田大学応用科学研究室の取り組みの紹介

(1) M市の「高齢者冊子プログラム」

 健康度を強化する取り組みは盛んで、病院や自治体で行っているが、元気な高齢者しか集まらず、工夫しないと広がっていかない。市内の69ある老人会に、「健康になりたい方、募集!」というチラシを配付してもらった。参加希望者は441名であったが、申込書とともに、「階段を下りる時に必ず手すりを使うか?」とか「立ったまま靴下を履けるか?」などの簡単な質問事項に回答してもらった。その回答結果で、虚弱群と強壮群の2群に分けた。また変容ステージ調査で、初期ステージと後期ステージの2群に分けた。

 上記の2群×2群に対応した4種類の冊子を作成し、身体活動を記録して返信してもらった。虚弱な人には日常生活の中で炊事や掃除などを、強壮の人にはウォーキングなどのレベルの高いものを推奨した。初期ステージの人には、このままいくとどんな怖いことが起こるのかなど、簡単な健康情報を記した。後期ステージの人には継続するにはどうするかを教える内容とした。

245名から身体活動記録の回答があり、ステージが上がっていることが確認された。また、主観的身体能力や主観的健康度もチェックしてもらい、上がっていることが確認された。このように情報を提供して自宅で行えるようにするのも、転倒予防教室に参加する人が少ないことから、一つの方法と考えられる。

(2) 機器メーカーとの共同プロジェクト

 老人施設で、70代後半から90台後半までの高齢者に参加してもらい、施設の中で運動や健康作りのためのプログラムが作れないか、始めている。

(3) M市との共同事業「高齢者パートナーシップ・プロジェクト」

 通信教育で身体活動量アップを目指し、冊子を送ってチェックしてもらい、返送してもらった人にニューズレターを送るもので、89%の人が3ヶ月間継続してくれた。

(4) A社のITプログラム

 インターネットを使って動画を配信し、ニューズレターの配布、対面講習会も含めて、コミュニケーションを入れながら行っている。

(5) B社の健康行動変容プルグラム

 ニューズレター、歩数計と歩数を記入するセルフモニタリングシートからなる簡単なプログラムである。歩数を1週間記入してもらうと新しいニューズレターを配る。参加してもらうために、健康作りは個人のためだけでなく会社の利益に直結し、リーダーには部下の健康が自分の業績に繋がることを訴えた。健康行動変容プルグラムのポスターをいたるところに貼り、ニューズレターを全員に配り、体力アップ・減量・ストレス解消についてニーズを聞いた。回答した人には、インセンティブとして500円の図書券を配った。ニーズに合わせて誘いかけをすることにより、一律に募集するより参加者が増えた。入口で参加者を増やすことも重要である。

(6) アクティブ・スクール・プロジェクト

 子どもたちを対象に、「1日に60分以上、体を動かす」ためのもので、朝の学習で身体活動の重要性を学び、教師主導から子ども主導に進めていく。親に対しては学校通信を用いて、どのように働きかければ子どもの活動レベルが上がるかを伝える。高齢者の健康作りにおいて、高齢者に直接働きかけるのと同時に家族に働きかけると同様である。

(7) 厚生労働省の「階段利用促進キャンペーン」

 省庁内のエレベーターの間引き運転のために行った。人が沢山乗って暑苦しい、太っている人が階段を登れば痩せるなどのメッセージを伝えるポスターを階段とエスカレーターのところに貼った。

6.どうしたら健康活動を継続できるか?(行動の開始、継続、逆戻りの予防)

6-1.健康活動の種類

①除去、あるいは控えなければならない健康行動・・・喫煙、飲酒、食生活

②獲得した方がよい健康行動・・・野菜・果物の摂取、運動・身体活動

6-2.健康行動の特徴

健康行動の結果として成果がある。成果をもたらすためには、健康行動を継続しなければならない。健康行動の四つの特徴を把握して、解消または改善しないとうまくいかない。

(1) ゼロかイチか

「する」はイチ、「しない」はゼロであるが、していなかった人にとっては、「する」は敷居が非常に高い。始める、始めさせることを意識すれば、イチでなくてもゼロでなければよい。まずは、できることから実践することで始めることが容易になる。

(2) 健康行動はもともと続かない

医療関係者は指示し、罵倒したりする。「意志がない」、「やる気がない」ではない。行動理論では、先行する出来事(先行刺激)に対して健康行動を行い、結果(後続刺激)がもたらされる。先行刺激に対して介入(刺激統制)する合図とかキッカケになることを生活の中に入れ込むことである。ウォーキングを始めた人は、玄関にウォーキング・シューズを置いておくとか、禁煙をしている人が禁煙の札をあちこちに貼るようなことである。良い結果に対して報酬(自分に対するご褒美)を与えることにより、行動を強めていくことができる。また、健康行動を妨げる罰(バリア要因)を排除することにより継続させる。ウォーキングの際の自動車の危険や退屈などが罰に当る。

(3) 健康行動は複数ある

一度にいろいろできない。Gatewayプログラムでは、入口を決めて、その人が行いやすい一つのことから始め、その後に少しずつやる内容を増やしていく。

(4) 健康行動は逆戻りする

逆戻りは、<スリップ>(「つまずき」1回の停止)⇒<ラプス>(「一時停止」1週間程度の短期的停止)⇒<リラプス>(「停止」1~2ヶ月程度の停止)⇒<コラプス>(「完全停止」挫折)と進む。体調、天候、仕事、家庭関係など全て順調にいっている時には逆戻りは起らないが、急に仕事が入ったり、仕事がうまく行っていなかったり、イライラが募ったり、奥さんとうまくいっていない時などに逆戻りが誘発される。このようなハイリスクの状態に備えて、代替行動などの用意が必要である。例えば、禁煙中はタバコを勧められるところに近づかない、雨が降ってウォーキングができなければ屋内で運動し、翌日晴れたらをウォーキング行う。また、逆戻りすると罪悪感から諦めてしまうことがあるが、暫く止めていても一からやり直す気持にならなければならない。

6-3.提供する側と提供される側のミスマッチ

提供される側の心の準備状態(重要度と自信)に合わせて、提供する側は対応しなければならない。重要度が低い人には簡単なことから行ってもらい、自信の低い人には「できる」という見込み感(自己効力感)を高めるようにする。自己効力感は行動の開始にも、継続にも影響を与える。自己効力感を高める方法は、①成功体験のすり込み(確実にできることをさせる)、②言語的説得(いいところを見つけ、本当にうまく行っていることを褒めてあげる)、③代理的体験(同じようなレベルの人に行動してもらい、自分もできそうであることを認識させる)、④生理・感情的喚起(改善に気付かせる)である。

6-5.自己監視

 「できる/できない」を記録し、できた時の促進要因と、できなかった時のバリア要因を認識し、活用することである。

6-4.目標設定

目標は余り高くしないで、ほぼ確実に達成できるように設定し、達成できたら目標を少しずつ上げていく。具体的で、測定可能で、適切で、現実的で、期間を定めた内容でなければならない。

  (記録:池田)