第 3 8 5 回 講 演 録

日時: 平成23年4月22() 13:0014:30

演題: 東日本大震災の影響、復旧・復興とその財源を考える

講師: みずほ総合研究所株式会社 調査本部 経済調査部長 矢野 和彦 氏

2009年2月に「グローバル金融危機と内外経済の行方~百年に一度の津波にグローバル経済はどう立ち向かうのか~」(講演録はホームページ参照)について講演した。今回は数か月前にグローバル経済の行方について講演する予定であり、日本経済はグローバル経済次第でリスクは海外にありと認識していた。欧州ソブリン問題が金融危機に発展するか、危機対応で拡大した流動性による新興国バブルによってインフレ圧力が高まりその帰結がどうなるか、といったことを中心に話す予定であった。ところが東日本大震災が起こり、最大のリスクファクターは日本にあった。大震災による日本経済の影響のみならず、海外にもサプライチェーンの問題で影響を与えている。復旧・復興財源の手当てについて、政権・識者・メディアで議論されているが、議論の進め方に若干疑問もあり、復興のあり方や財源の手当てについて説明する。

1.震災前後で一変した景気の様相

 震災前の景気は、昨年後半のエコポイントやエコカー減税の終了に伴う足踏み状態から脱却し、年明け以降は緩やかな回復基調に戻った。2月の鉱工業生産は4ヶ月連続の上昇で、3月の予測指数も+1.4%であった。輸出も回復し、雇用も改善されてきていた。

3月の鉱工業生産の実績は4月末に発表されるが、震災により10%ないしそれ以上のマイナスの見込み(講演後の4月28日の経済産業省の発表では15%のマイナス)。自動車メーカーの操業停止だけで全体の生産を7~9%押下げ、全体で1割近い落込みは避けられない。3月の景気ウォッチャー(街角景気)指数は、リーマン・ショック後を上回る統計開始以来最大の瞬間的落込みである。

景気ウォッチャー調査の地域別現状判断指数では、被災した東北地方が大きく落ち込んでいるが、関東も停電の影響と被災した千葉も含んでいるのでかなり落ち込み、2008年の半ばから2009年初めのリーマン・ショックによる落込みを上回る急落である。業種別指数では、百貨店、旅行・交通、自粛によって飲食が落ち込んだ。一方、スーパーやコンビニは買いだめで落込みが大きくなかった。

4月に入ってからは回復してきている。内閣府の聞き取り調査では、百貨店は3月の春物商戦が不調であったため、4月に出てきている。ホテルの稼働率は特に関東で相当に低い。製造業に関しては、サプライチェーンと電力の問題がネックになる。かなり多くの部品メーカーは早く立ち直ってきているが、一部のメーカーでは遅れがあり、例えば自動車関連ではルネサスエレクトロニクスの被災による生産停止によって完成車の生産が制約されている。

2.成長率への影響

 2011年度の成長率は下方修正せざるを得ない。個人消費は下振れするが、設備投資は当面は下振れするものの、年度後半に復旧投資で増加する。2011年度7~9月期から復興需要が本格顕在化し、2012年度の成長率を押し上げることになる。

震災前の当社の予測では2011年度の成長率を1.6%としていたのに対して、4月初めに1.3%として公表したが、震災の影響を良く見極められない暫定的な数字である。5月に公表する改定成長率は、更に低下する可能性が高い。一方、2012年度は復興需要で上振れし、震災前の予測に対して0.4%押し上げると予測している。ただし、不確実要因が多く、下振れのリスクとして、サプライチェーン途絶の長期化による生産回復のもたつき、夏場の電力の問題がある。更には、阪神大震災と異なって被害が広範囲なために利害関係が複雑で、復旧・復興の調整が難航する可能性が高い。

主要需要項目については、震災前の見通しに対して、個人消費は2011年1~3月期の震災直後の落込みに加えて、7~9月期では停電の影響での落込みがあり、この落込みは2012年も続く可能性がある。設備投資については、2011年前半には物流混乱による工事遅延や収益の下振れによる不急投資の見直しによって落ち込んだあと、後半には被災工場・設備の復旧投資や民間インフラの復旧によって大幅に伸びると予想される。公共投資は、毎年減少してきているが、震災によって大幅に増加すると考えられる。

当社の2011年度実質GDP成長率見通し(震災前1.6%)に対する影響は、個人消費・設備投資・在庫投資▲0.5%、純輸出▲0.1%、公共投資+0.3%で、修正後の実質GDPは1.3%と予想している。2012年度の予測は1.8%であったが、民間投資+0.1%、純輸出+0.1%、公共投資+0.2%で、修正後の実質GDPは2.2%と予想される。これらの予測に対して、諸々の上振れ要因と下振れ要因があり、今後の状況を見ないと何とも言えないが、現状ではもう少し下振れの可能性がある。
       
3.震災後の経済 ~一時的落ち込みかパラダイムシフトか?~

これからの経済活動のポイントは、当面は夏場の電力不足の解消とサプライチェーンの問題の解決である。より長期的な構造上の問題は、サプライチェーンでは日本抜き、または日本メーカーの海外進出、もうひとつは原発すなわち電力の問題である。

夏場の東電の電力ピークは昨年6,000万kWであるのに対して、現在の供給能力は4,500万kWで、大幅な供給不足である。需要・供給の両面において急ピッチで打開策が打たれつつある。需要側では、メーカーは操業の日程および時間帯を変えて、ピーク時間帯を調整する。オフィスでは、冷房および照明で省電力を図る。供給側(東電)の供給能力は、揚水発電所、ガスタービン発電機新設、自家発により、5,500万kWまで上げられると言われている。不足分を省電力でどの程度カバーできるかである。

万一停電が起こると生産活動に甚大な損害が生じるが、停電を回避することによっても、下押し圧力が掛かる。自動車部品メーカー等によると、全体の生産量は落とさないで、5月、6月に増産して、在庫を貯めることを考えている。リーマン・ショックの時と異なり、需要があるので在庫を持つのに問題はないが、大型のものは保管コストが掛かり、二次、三次、・・・の部品メーカーの部品が不足するために6月ショックが起こる可能性もある。

サプライチェーンの一部が途絶することにより、全体の生産を阻むことになる。代替の部品を使うのも、実際に採用するまで相当の時間を要し、直ぐに代替可能な部品は競争により数社に絞られており、サプライチェーンの問題は根が深い。

今後のリスク分散のため、関西や九州や新興国などで同じものを分散して作ることが起こってくる。そうしないと、日本企業はグローバルな供給が出来なくなる。更に欧米は地震の多い日本ではなく、中国、韓国、台湾などへ乗り換えるのではないかと言われているが、日本でしか作れないものは簡単に移りえない。日本の企業に対する信頼度(納期、品質、アフターケア)により、日本への依存度が高くなっていたが、今回供給が長期にストップするようなことがあれば、信頼度が失われるので、要注意である。海外からは、今回のような事態になっても供給ができる体制を整えるよう要請が来ると考えられる。この場合の海外進出は、コスト競争力維持のための海外進出と異なり、リスク分散のための進出であり、国内の空洞化にはならない。

ひとつ気になる点がある。米国の民間の企業産業協議会(USBIC:United States Business and Industry Council)が震災のあと、自動車関連、エレクトロニクス関連、エレクトロニクス以外の各種資本財における日本製品の米国内市場シェアについて、レポート(A Supply-Chain Earthquake?、2011年3月)を出した。自動車関連のトランスミッション及びパワートレイン系部品では1997年4%から2009年11%に、エレクトロニクス関連のコンデンサーは19%から33%になっている。震災の影響は米国にも及ぶ可能性があることを指摘している。これに留まらず、米国は日本に負けない技術力があり、日本のシェアの一部でも米国製になれば、雇用が生み出せると論じている。欧米において、戦略的、保護政策的に、リスク分散を大義名分として、このような論調がでてくることを考えておく必要がある。

震災のグローバルな影響として、原発の問題がある。世界的に原発が見直されて、自然エネルギーに代わるのは問題ないが、化石エネルギーに代わると、新興国でも需要が高まってきており、エネルギー高が懸念される。

4.復興財源をどう確保するか

復興の在り方が復興構想会議などで議論されているが、進め方に幾つかの疑問がある。復興庁のようなものを作って、東北に拠点を置き、省と同程度の権限を持たせて、復興の企画から執行までを行わせることが検討されている。しかし、政治的にも、そう簡単にはいかないのではないかと考えられる。

復興庁は関東大震災後に後藤新平が作った帝都復興院をモデルにしている。帝都復興院は1923年9月下旬(関東大震災は同年9月1日)に設置されたが、3か月程度しかもたなかった。大復興を目指して予算計画が立てられたが、大蔵省と政友会の反対にあって、予算がどんどん削られて帝都復興院は消滅した。復興の理念は、東京市などの自治体に受け継がれた。

戦後には戦災復興院が省と同じ形ででき、内務省国土局から多くの人が移った。後に国土局と一緒になって建設院ができ、その後建設省、現在の国土交通省になった。今回は国土交通省が県と協議しながら、大規模な公営住宅を建設し、当初は安い金額で貸し、3年位経ったところで払い下げる計画を練っている。このための予算を申請するのが、復興庁か国土交通省か全く分からない。国土交通省から多くの人が復興庁に移り、復興庁が予算申請するなら、国土交通省の予算は大幅に削減され、国土交通省は解体、または相当大幅な縮小となる。また、他の省庁も復興に関連する予算を申請できず、相当な調整または紆余曲折が予想される。

今回の震災は千年に一度とか百年に一度とかで、これをバネにして原形復旧でなく、グランド・ビジョンに基づいた新たな大復興を3~5年で一気に行うとの話がある。しかし、今回の震災は阪神大震災の時と異なり広域に及んでおり、様々な特徴を持った町や村があり、利害調整や執行はかなり難しい。相当の時間を要することを覚悟しておく必要がある。

復興構想会議などで、どのような復興をするか議論が始まろうとしているが、財源の話だけが進んでいる。今回の震災の直接被害は、内閣府により16~25兆円と試算されている。阪神大震災の直接被害は9.9兆円で、10年間の累積復興事業費用は16.3兆円(国6.1、地方自治体5.2、基金0.4、その他民間)であった。今回の震災の復興事業費用は、阪神大震災との直接被害の規模の違いを基に単純計算すれば、26~41兆円と見積もられる。国の負担分は、実際にあり得ないだろうが、仮に地方自治体などの負担を全額肩代わりするとすれば、19~30兆円となる。財政は厳しいので毎年の予算の組み換えでは出せない。国債を発行すると、今でも財政が厳しいので格下げは必至で、長期金利が跳ね上がるかも知れない。

数十兆円の国債は建設国債にしろ赤字国債にしろ、通常の60年償還では、市場が許さない。別枠管理で5年償還の特別な復興国債とすれば、市場は許してくれる。20兆円の国債では年4兆円、10兆円の国債では年2兆円となり、償還財源を明示する必要がある。その時に挙がっているオプションが増税である。消費税を1%引き上げれば、年2.5兆円の増収になる。消費税では被災地の人も対象になるため、所得税で被災地の人に還付することも考えられる。5年間の時限的増税の話で進んでいるが、おかしい。来年10兆円または20兆円調達しても、復興のビジョンもプランも決まっていないのに、何処に使うのか。復旧でないので、そもそも5年間の復興は無理である。

今年度は補正予算で予算の組み換えをするとしても、来年度以降は国債の増発は避けられず、信任を得るための増税は止む無しということがコンセンサスのように報じられている。世論調査でも、5年間の消費税率1%引き上げについては、多くの人たちは許容すると答えている。しかし、増税は5年間で終わらない。社会保障費は毎年1兆円ずつ増え、5年で5兆円増えるため、これを捻出するには、5年後でなく、もう少し前倒しで消費税率を引き上げなければならなくなる。したがって、増税分を当面は復興財源に充てるが、将来的には社会保障費に充てるとのロジックで説明しなければならないが、そうなっていない。

歳出削減により、毎年3兆円、10年間で30兆円の予算捻出は可能である。民主党の政策は政府部門と事業部門から家計部門に所得移転を行うことで消費を喚起するものであり、そもそも赤字が増え易い形になっていた。一元に戻し、景気が良くなったら税収が増えるので組み換えるとしても、マニフェストを全面撤回することになるので、政治的なハードルは高い。
   

   何故増税をしなければならないのか、何故歳出の抑制をしなければならないのか、といえば財政が厳しいからである。財政規律を守らないと、国債を買って貰えなくなり、金利が跳ね上がることになる。国債を発行して復興にお金を使い、増税でカバーするのは、ベストではない。日本の国債の格下げの理由は、財政状況が厳しく、立て直す道筋が立てられておらず、債務が溜まっていくからである。究極的にはインフレまたは増税によって借金を返すしかなくなる。日本の国債を買っているのは、95%が家計の貯蓄であるので、増税して国債を償還するのは、国民からお金を集めて国民に返すということで広義のデフォルト(債務不履行)に当たる。ギリシャの場合は、海外が国債を買っているため、増税してもデフォルトに当たらない。

5.財政懸念と日本の信用リスク

 日本の財政が厳しいのは誰でも分かっている。怖いのは財政悪化が財政の硬直化を招いて、必要なところに必要なお金が割り当てられなくなることである。赤字国債を増発すれば、いずれ利払いに多額のお金が使われていく。したがって財政が悪いと信用リスクが高くなる。日本の信用リスクは、どう考えるか。

 CDS(Credit Default Swap:債権自体を移転せずに信用リスクのみを移転する取引)プレミアムは、デフォルトに対する保険料率のようなもので、日本のソブリンCDSプレミアムは震災により一時的に120bp(ベーシックポイント:100bp=1%)まで跳ね上がった。bpが低いということは、デフォルトの確率が低いということを意味する。因みに、ギリシャは1500bpである。

 国の信用リスクは財政だけでなく、国の債務返済能力による。CDSプレミアムと種々のファクターとの相関を見ると、債務残高のGDP比は日本が突出して悪いが、このファクターの相関はそれほど高くない。一方、経常収支では16年間世界最大の純債権国である(米国は世界最大の純赤字国である)。毎年の財政収支のGDP比、債務残高のGDP比、経常収支のGDP比、利払い費(日本は低い)、自国の国債消化率(日本は95%と高い)の五つのファクターについて相関を見ると、経常収支との相関が高い。それぞれの相関係数の偏差値を出し、CDSプレミアムとの相関の度合いによって重み付けをして、ソブリン信用健全度指数を求めた。

 OECD加盟国のなかで、日本は中位(偏差値50)にあり、ノルウェーは優等生で、財政赤字と経常赤字の双子の赤字を抱えるギリシャ・アイルランド・ポルトガルは一番下にある。信用健全度指数とCDSプレミアムの関係をグラフにすると、日本は丁度傾向線上にある。日本は信用リスクの点で、危機的状況にないといえる。今後国債を発行して海外に買って貰うことになれば、健全度は低下するが、財政だけで日本をみるのは適当でない。とはいうものの、財政もひとつの信用リスクのファクターであり、社会保障制度改革と財政再建に向けて早期に取り組む必要性は皆が認識している。したがって、復興財源は安易に増税で賄うのではなく、近い将来必要な社会保障財源確保と財政健全化のための増税を認識して、今回の復興財源を考える必要がある。

(記録;池田