第 3 7 6 回 講 演 録


日時: 平成22年5月13日(木) 13:00~14:30

演題: 認知症は怖くない ~認知症の人には優しく、自分には予防を~
講師: 日本応用老年学会 顧問、桜美林大学加齢・発達研究所 研究員
                                                               中辻 萬治 氏(当倶楽部会員)

講師紹介

中辻氏は1990年に古河電工を退職後、横浜市立大学大学院で経営学を修め、帝京平成大学で経営学の教授などを歴任、2002年に桜美林大学大学院に創設された老年学修士課程に72歳で入学、「老年学修士」を取得、現在は同大学の加齢・発達研究所研究員、日本応用老年学会顧問を務めている。本日の講演は厚生労働省が推進している認知症対策の一環としての啓発活動を行う組織、「認知症キャラバンメイト」の一員としての立場で行う。

また、「よこはま回想法倶楽部副代表」として、認知症の非薬物療法の一つである「回想法」の普及活動をするほか、「傾聴ボランティア」として老人施設などの認知症患者や高齢者、また緩和ケア病棟の末期ガン患者など、の心を聴くボランティア活動もしている。これらの活動を通じて得た言葉は「ガンは家族を結束させ、認知症は家族を崩壊させる」である。

本日の話の内容

第1部.認知症の人は増えて行く(グラフで知る認知症の増加)

第2部.認知症を理解しよう(誤解を解いて正しく知るために)

第3部.認知症の人の心を理解しよう(認知症の人に優しくなるために)

第4部.認知症を予防しよう(自分が認知症にならないために)

第5部.「認知症かな」と思ったら、すぐに「物忘れ外来」へ(早期発見のために)

はじめに

「認知症」についてのイメージ・認識

一般のイメ

しい認識

①不治の病、悪くなる一方

早期に手を打てば悪化を防げる(ビデオ上映1)

②不可解な行動をする

介護の仕方で穏やかになる(ビデオ上映2)

③本人は何も分からずいい気なものだ

一番苦しむのは本人だ(認知症の人が画いた絵)

④予防できない

予防できる

多くの方が混乱していることに次の2つがある。

①認知症とアルツハイマー病と同じの?

認知症はアルツハイマー病などの病気が原因となって起きる症状

中核症状と周辺症状とを混同している

中核症状は認知症の人すべてに起きるもの、周辺症状は介護の仕方が適切であれば防げるもの。だから問題行動も改善できる。

映像上映

ビデオ1(NHK番組より):(早く適切に対応すれば悪化が防げる一例)

患者(女性)はアルツハイマー病で、記憶を司る海馬の委縮が進んでいるが、認知症治療薬「アリセプト」の服用により、病状が悪化せず、自宅で生活している。夫が日常生活の介助をしているが、夫婦の間で笑いが絶えず、妻は不自由さはあるものの一人で外出して買い物をし、家事もこなしている。群馬大学の山口教授は「認知症のリハビリの目的は笑顔のある生活を復活させること」と言っている。生活の中の「笑い」が大切である。 

ビデオ2(NHK番組より):(介護の仕方で穏やかになる一例)

患者(女性)は早期発見が遅れ重症化した後に施設に入所した。当初は不可解な問題行動を繰り返していたが、患者の心をよく理解する「センター方式」で介護をした結果、頻発していた怒りや、粗暴な行動が消え、笑顔が浮かぶようになった。「不可解な言動」は介護する側が患者を正しく理解していないから起きる。不可解な言動にも、よく観察すればわれわれにも理解できる理由がある。

ある認知症の患者が描いた絵:(一番苦しんでいるのは本人だ) 

「認知症の人は何も分からず、いい気なものだ」というのは誤った認識である。実は本人が一番苦しんでいる。この患者(男性)は健康なときは玄人はだしの静物画を描いていたが、認知症の進行と共に絵の描き方が変わり、寂寥感や不安感を感じさせる絵から、恐怖を表す幻視のような絵に、最後は形は定かでないが雲を描いたような穏やかな絵に変わっていく。認知症の人が抱く苦しみ、不安、恐怖、放心がこれらの絵に表されていると考えられる。

第1部 認知症の人は増えていく(グラフで知る認知症の増加)

日本人の平均寿命は戦後間もない1950年代は先進諸国に比べ非常に低く、60年代になっても未だ低位にあったが、その後急速に伸び、1990年代にはトップに躍り出た。その一方で、高齢者の増加にともなって認知症にかかる人の総数も増えている。

年齢階層別認知症患者の率

年齢階層(歳)

65~69

70~74

75~79

80~84

85歳以上

発症率(%)

1.5

3.6

7.1

14.6

27.3

日本の現状では80歳を超すと4~5人に一人が認知症の患者ということになる。

              認知症の患者数推移と予想

年度

1995

2000

2005

2010

2015

2020

2025

2030

2035

患者数(万人)

126

156

189

226

262

292

313

330

337

現在既に約230万人の人が認知症にかかっている。国民総医療費は現在約33兆円に上っているが、これが今後高齢化が進み、認知症患者が増加すると、更に膨らんでいくことが予想される。「週刊東洋経済」(4月10日号)という経済誌まで認知症の特集記事を掲載している。

第2部 認知症を理解しよう(誤解を解いて正しく知るために)

1.「認知症」とは?

「認知症」を病気の名前だと誤解している人が多いが、認知症とは「症状」を示す言葉である。「認知症」は色々な原因で脳の細胞が死んでしまい、認知機能が低下したために様々な障害が起こり、生活する上で支障が出ている「状態」がおよそ6カ月以上継続することを指す。

「認知症」の正式な定義は『後天的な脳の器質的障害により、いったん正常に発達した知能が低下し、正常な日常生活が送れなくなった状態、症状をいう』とされている。

2.認知症の原因となる病気は?

 認知症の原因となる病気は全部で50~100種類に上るともいわれている。患者の中の約10%はすぐに治療でき、治癒の可能性のある病気が原因と言われており、そのような病気には正常圧水頭症、甲状腺機能低下症などがある。

認知症の原因となる病気の割合は現在は概ね次の通りである。

病因

アルツハイマー病

脳血管性

レビー小体

その他

比率(%)

50~60

20

10~20

10

3.認知症の原因と症状の関係

他人には見えない部分

他人に見える部分

病気

 症状 = 認知症

アルツハイマー病、脳血管性疾患、レビー小体病、他

物忘れ、徘徊、弄便など

家族には「最近性格が変わった」としか見えないことも多いが、実はそうではなく、脳の内部で認知症の原因となる病気が進行しているのである。認知症を十分に理解しないまま家庭が介護すると、つい感情的になり、患者も家族も大変な困難と苦しみを味わうことになる場合が多い。数年前のNHKの認知症の特集番組で、認知症の義母を介護したある高名な女性が、その体験を「生き地獄でした」と語っていた。家族による介護はともすれば冷静さを失って感情的になり、苦しみばかりを感じることになりがちである。もしこの女性が認知症について十分勉強し、認知症の人の心を理解しようと努力していれば、「生き地獄」にはならなかったと思う。

4.認知症の原因となる三大疾患の説明

①アルツハイマー病

アルツハイマー病という名称は、1906年に学会で最初の症例発表をしたドイツの精神医学者アロイス・アルツハイマー博士の名に由来する。

この病気の原因は脳の中にβ(ベーター)アミロイドと呼ばれるタンパク質が溜まること。βアミロイドが健全な脳神経細胞を死滅させて脳の委縮を進め、認知機能を低下させる。病気の進行は比較的緩やかだが、物忘れ(記憶障害)から始り、やがて時間、場所、人の見当がつかなくなる見当識障害へと進んでいく。

βアミロイドは脳だけではなく体内の他の細胞でも生成されるが、すべて酵素によりアミノ酸に分解される。しかし、人によっては脳内の分解酵素が不足しβアミロイドが分解されないまま蓄積してしまうことがある。蓄積したβアミロイドは「老人斑」となって現われる。

最近、アルツハイマー病の原因にもう一つの「タウ・タンパク」があることが明らかにされた。タウ・タンパクは細胞内に必要な物を送るベルトコンベアーの働きをする微小管をメインテナンスする役割を担っているが、これがβアミロイドの影響を受けて、その働きをしなくなることが原因とされる。アルツハイマー病では記憶を司っている「海馬」が先ず委縮する。

治療薬として承認されている薬は、エーザイ社製の「アリセプト」という抗認知症薬のみである。アリセプトが効くメカニズムを説明しよう。脳の神経細胞間の情報の伝達にはアセチルコリンという物質が介在している。このアセチルコリンを分解して情報が伝達されないようにしてしまうアセチルコリンエステラーゼという酵素の作用をアリセプトが阻害し、アセチルコリンの量を増やす効果がある。このようにアリセプトはアルツハイマー病を根本から治療するものではなく、神経細胞間の情報の流れをよくする薬である。

アリセプトにはもう一つ「脳細胞の死滅を防ぎ再生を促進する」効果があることが、マウス実験の段階であるが、最近発表された。それによると、アリセプトが海馬の神経細胞を再生させ(名古屋市立大)、アセチルコリンの増加が神経細胞の増殖を促進する(東京大)としている。人間にも同様の効果があるのではないか。

現状ではアリセプトによる症状の改善効果は6カ月程度とされていて、それ以上服用していても、症状が横ばいを続ける程度と言われている。エーザイによると効果が得られるのは、投与された患者の20%程度とのことである。

ノーベル賞受賞者田中耕一氏はタンパク質分析システムの精度を現在の1千倍程度に上げるのが今の研究目標と言っているが、こうなれば、体内にある10万種類以上のタンパク質の中からガンやアルツハイマー病にかかった場合だけに現れる特定のタンパク質を血液中から検出し、早期発見や予防、新薬開発につなげられると言っている。

②脳血管性認知症

脳血管性認知症は脳血管性疾患によって脳細胞の一部が死滅するために起きる。脳血管性疾患は脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血が代表的なものであり、その原因は動脈硬化、高血圧などにある。脳血管性疾患が予防できれば、この種の認知症も防ぐことができる。

日本人成人男性の1日当たりの平均摂取カロリーは約2千Kカロリーで戦後から現在までの期間を通じてほとんど変化していないが、カロリー源となる食事の構成内容は急速に変わってきた。主食である米が大幅に減り、野菜、牛乳、肉類などが増えた。戦後の米の摂取量の減少カーブと、死因別死亡率のうち脳血管性疾患による死亡率の減少カーブが極めて似ている。これは食事の変化によって脳血管性認知症の発症率が減少したことを意味する。

③レビー小体病

 レビー小体型認知症は現在横浜ほうゆう病院長である小阪憲司氏が発見し、1995年に学会で発表した。レビー小体が大脳皮質に生じると「レビー小体病」、脳幹(大脳と脊椎の間の領域)に生じると「パーキンソン病」となる。レビー小体は神経細胞の内部に見られる異常な円形状の構造物である。この病気による認知症の特徴は妄想が激しいことと、パーキンソン病と同様に身体の動きがぎこちなくなることである。治療薬としてはアリセプトがアルツハイマー病以上に効果的と小阪氏は言っているが、現在のところアリセプトはレビー小体病の治療薬としては健康保険の適用が認められていない。

第3部 認知症の人の心を理解しよう(認知症の人に優しくなるために)

1.認知症でも本が書ける

一般に「本人には自分の脳に異常があるという自覚はない」と思われているが、これは大きな間違いである。認知症の人の心に人々の注意を向けさせてくれたのはオーストラリアのブライデン夫人である。彼女は科学技術庁長官に相当する要職にあったが、47歳で若年認知症を発症し、余命8年と診断された後にブライデン氏と再婚した。認知症発症後に「私は誰になっていくの?」を、再婚後に「私は私になっていく」を書き、認知症の人がこのような本を書けるのかと世界中を驚かせた。これらの本には病気の経緯が克明に書かれ、心の内面の変化を教えてくれる。また大田正博氏は「私、バリバリの認知症です」という本を書いている。これらの本から分かることは、認知症の人の心の中は決して不安や恐怖だけで占められてはいないということである。認知症の人が不安と恐怖におののく生活となるか、笑顔あふれる生活となるかは、介護の仕方で決まるといってよい。

2.認知症の二つの症状

認知症の症状は ①中核症状、②周辺症状(行動・心理症状)に分けられる。①には記憶障害、見当識障害、理解・判断力障害、実行機能障害などがあり、②には不安・焦燥、うつ状態、幻視・妄想、徘徊、興奮・暴力、不潔行為などがある。中核症状は認知症の全ての人に起きるが、周辺症状は必ず起きるものではなく、本人の性格・素質とそれまでの人生、そして環境・心理状態、つまり介護の仕方、に影響される。

最初に異常に気付くのは本人で、「近頃どうもおかしいな」と分かる。しかしそれを他人に知られたくないので,隠し、何でもないかのように振舞う。そのため家族は本人が病気だと気付かず、性格が変わったのだと誤解し、感情的になり、家庭内でごたごたが起きたりする。

①中核症状

「記憶障害」が起きると心の中がどのような状態になるか、一般の人には容易に想像できないために、「同じことを何度も言うな」など、叱りつけたりしてしまう。これは認知症の人にはとても辛いことである。

記憶の仕組みは{情報}⇒{記銘}⇒{保持}⇒{想起}であるが、記憶障害は「記銘」ができないことである。普通の「物忘れ」は「保持」まではしているものの最後の「想起」がなかなかできない状態である。だから切っ掛けさえあれば思い出すことができる。しかし認知症の記憶障害では、記銘されず脳の中に情報が残っていないのだから、絶対に思い出すことはできない。

われわれが認知症による記憶障害の疑似体験ができるのは、泥酔時などに起きることのある何時間かの記憶の空白状態であろう。認知症の人には、そのようなことがいつも起きている。

記憶障害の典型的な例は、(1)自分の話したことが記憶できないため、何度も同じ話をする、(2)いつも会っている人でも、会っていることが記憶できないので、「知らない人」になってしまう、などである。

「見当識障害」とは現在の自分が置かれた状況(場所、時間、相手の人)を正しく見当付ける能力に障害が起きることである。人と会って楽しそうに話していても、その相手が誰であるか分からないままに話していることもある。ここで大事なことは、記憶を司る海馬に障害が起き知的働きのレベルが落ちていても、感情を司るのは扁桃体という別の器官なので、感情の働きは維持されているのを理解することである。

「理解・判断力の判断力の障害」の具体的な例を挙げれば、ブライデンさんはシャワーを浴びられない、と言っていた。温水と水のハンドルをどのように回せば適温になるか、分からないからである。これらの症状があっても日常生活で補助してくれる人が傍らにいると、言われたことを一つずつ処理することはできる。

②周辺症状

 周辺症状は現状に適応できないために起きる心の苦しさの表れである。認知症の症状だから仕方がないと決めつけることなく、周辺症状が起きる原因の理解に努め、適応できるように補助すれば、症状は緩和・改善する。これが「パーソン・センタード・ケアー」で、あくまでも患者を中心に考えてケアをすることである。

中川京子さんの著書の題名「認知症はタイムマシーン」は認知症の一面をうまく表現したいい言葉である。認知症の人は自分が一番輝いていた時代へ戻って行く。その人の心が今、人生のどの時代にあるのかよく理解し、その心を大切にして対応しなければならない。

(「中核症状と周辺症状」のまとめ)

改善の難しい中核症状と、改善できる周辺症状とを分けてケアの方法を考える必要がある。中核症状では、その人ができることとできないことを見分け、できることはやってもらってその能力を維持し、できないことを強いて、苦しめることのないようにする。

周辺症状は「認知症の症状だから仕方がない」とは考えず、なぜその症状が起きるかをよく理解し、パーソン・センタード・ケアーで改善に努める。

3.われわれには脳の状態を改善する力がある

(1)脳には余力がある

 われわれは脳をすべて使っているわけではない。脳には大きな余力が残されている。

(2)脳には回復力(可塑性)がある

シナブスを伸ばして、結びつきを変え、働きを変えることもできるし、新しい脳細胞が生まれることもある。

4.脳活性化リハビリテーション

 快刺激(→笑顔を引き出す)、ほめる(→やる気にさせる)、コミュニケーション(→安心する)、役割を演じる(→生きがいが生まれる)、易しい課題(→成功体験をする)

5.認知症の非薬物療法

 回想法、音楽療法、園芸療法、アニマルセラピー、ゲーム(囲碁、将棋,麻雀など)

われわれは誰もやがて落日を迎える。すべての人々の落日が最後まで燦然と輝くものであってほしいと私は願っているし、そして自分自身もそうありたいと思う

第4部 認知症を予防しよう(自分が認知症にならないために)

 認知症の「予防」といっても、100%防げる方法があるわけではない。ここでいう「予防」とは「認知症になる危険を減らす方法」である。予防には2つの方法がある。①認知症という症状が起きるのは、その原因となる病気があるからだから、その病気を予防する。②病気が進行しても認知症の症状が出ないようにする、この2つである。

1.予防法1 -原因となる病気の発生を予防するー

(1)脳血管性認知症

 原因は明白で、脳卒中(脳内出血と脳梗塞)である。今まで様々な予防のための活動(減塩、血圧管理)で脳卒中は減り、脳血管性認知症の予防は進んでいると言える。

(2)アルツハイマー型認知症

 アルツハイマー病の原因となるβアミロイドの蓄積を予防あるいは除去する方法は未だ開発されていない。蓄積には20年~30年かかるので、その間、最大の危険因子である生活習慣病を避けることが必要である。九州大学が約60年間にもわたって行っている「久山町研究」では、糖尿病の人はそうでない人に比べてアルツハイマー病にかかる危険が4.8倍高いという結果がでている。生活習慣病の予防には ①偏食を避け何でも食べる、食べ過ぎない ②適度の運動をする ③家の外に出て、多くの人と接触する ④規則正しい生活をする、などが有効である。

 「知的行動習慣」によって「アルツハイマー型認知症の危険度」を減らせることを明らかにした下記のような報告がある。(ほとんどしない人の危険率を1とした場合の危険率の低下)

知的行動習慣

文章を読む

楽器の演奏

チェスなどのゲーム

ダンス

殆どしない

1.0

1.0

1.0

1.0

よくする

0.65

0.31

0.26

0.24

社会的接触度」を高めることによっても、発症は減っている。

社会的接触度

乏しい

やや乏しい

中程度

充分

千人当たりの年間発症数

156.9

69.4

49.5

19

2.予防法2 ―認知予備力をつけるー

 病気が進行していても、症状が出ず、日常生活に支障が生じないようにする方法がある。

 それは「認知予備力」を作るという方法である。認知的能力レベルは加齢とともに徐々に衰えて行くが、アルツハイマー病などに罹ればこれが急速に低下する。認知機能の働きが日常生活に必要なレベルを切って低下すると、認知症が発症する。

しかし脳を鍛えて認知予備能力をつければ、日常生活に支障が出る時期を遅らせることができる。こうして認知症が発症することなく死を迎えることもできる。

その実例に米国の修道女シスター・メアリーがある。彼女が100歳を超えて亡くなり、脳を解剖したところ、脳には老人斑が多数みつかり、脳自体も70%まで委縮していた。しかし彼女には亡くなるまで修道女としてきちんとした日常生活を送り、アルツハイマー病の症状は全く出ていなかった。若い頃から数学の教師を続け、引退後も日々勉強を欠かさず、新聞記事も隅々まで読んでいて、死ぬまで知的好奇心を持ち続けた生活をしていた。

このケースは脳には「可塑性」があることを示すいい例であろう。アルツハイマー病で脳の細胞が死滅していっても、健全な領域の神経細胞が変化して、損傷領域の機能を代償している。

シスター・メアリーは稀なケースではない。世田谷区で行われた研究では、趣味の活動をしているグループを対象に脳のMRI検査をしたところ、約10%の人にかなりの脳の委縮が見られたが、日常生活で認知症のような異常は全く見られなかったという。こういう人たちも「シスター・メアリー」だと言える。

「シスター・メアリー」になる方法として、東京都健康長寿医療センター研究所は ①ウオーキング・プログラム ②旅行プログラム ③料理プログラム ④パソコン・プログラムを推奨している。東北大学川島教授は公文方式で ①「脳を鍛える大人の音読ドリル」 ②「脳を鍛える大人の計算ドリル」を勧めている。

認知症予防のためには必ずしもこのような特殊な方法を使う必要はなく、日常生活で ①多くの人々と接すること ②工夫を凝らしたり、新しいことに挑戦し、楽しい生活を送ること ③規則正しい生活をすること、が有効である。その意味であかがね倶楽部は認知症予防のために有用な活動をしていると言える。

第5部 「認知症かな」と思ったら、すぐに「物忘れ外来」へ(早期発見のために)

「認知症かな?」と思ったら直ちに医師に診てもらうこと。医師によっては「年による物忘れ」と診断したり、「様子を見よう」と言って、きちんと診断できず、そのために早期の対処を逸することがある。「物忘れ外来」のある専門病院に行くことが望ましい。認知症の診断には ①問診 ②テスト(長谷川式知能評価スケールなど) ③MRI画像診断、の3つが必要である。

嫌がる本人を医師に連れて行くにはテクニックが必要。本人は自分の異常に気が付いているので、医者には診せたくない。そこで、できるだけ自然な形で診てもらうようにする。例えば本人が風邪をひいて医師に診てもらう時、予め医師に連絡しておき認知症についても検査してもらうなどである。

                               (記録;井上邦信)