第 3 7 4 回 講 演 録


日時: 平成22年3月25日(木) 13:00〜14:30
演題:
資源循環型社会の制度設計 〜福沢諭吉の精神に学ぶ〜
講師: 慶応義塾大学 経済学部 教授 細田 衛士 氏


「はじめに」の前に一言

福沢諭吉は、父は中津藩士、早くから漢文の勉強に努め、その実力は評判であった。当初外国語は、オランダ語を学んだが、横浜に出てきて英語の役に立つことを知り、英語勉強に力を入れた。学生を文系、理系と区分したのは世界で明治政府のみ。これは発展段階の社会を制御していくためには、官吏と自然科学が重要と考えたのであろう。とにかく当時の若者はよく勉強した。今の日本人は、日本をどうするか、会社をどうするか、なぜ一位でないといけないかといったことを考えることを忘れている。適塾を見るとつくづくそう思う。福沢諭吉は、第一回の渡米の際、現地でさまざまな先端技術を紹介されたが、さほど驚かなかった。適塾で書物を通して学んでいたし、自分でも実験をしていたからである。びっくりしたのは、そんなことではなく、鉄スクラップがその辺にごろごろ置いてあることに心底驚いたのである。使い古した鉄くずがこれほどたくさんあるとは、アメリカとはなんと凄い国なのだ、と感心したのである。今、我々は、こういうことに感心する福沢に感心せざるを得ない。資源は、いずれピークアウトする。資源をうまく使うには廃棄物利用が重要な問題である。福沢は、時代の変わり目に違った考え方、見方が出来た人物である。廃棄物問題は、複雑で難しい問題であるだけに、福沢に学ばなければならない。

1.はじめに

(1)これまでの3R政策を振り返る

*日本のこれまでの3R政策は、いわゆる廃棄物政策として位置づけられていた。

*したがって、リデユ-ス・リユ-ス・リサイクル(3R)によって廃棄物を減らすことに市民も行政も企業も努力してきた。

*これは、最終処分場の逼迫や処理費用の増加を考えると当然のことであった。

 (注)どんなに素晴しい産廃処理場を作っても住民の強い反対があった。

*そしてその努力は大いに実り、廃棄物の発生・排出抑制に成功した。(発生抑制には心もとないこともあるが。)

*「混ぜればごみ、分ければ資源」(昭和40年代沼津市)という標語もゴミが前提になっている。

(2)最終処分場の状況・・・市町村の数は3,300あったが、現在は半分になっている。最終処分場を持っているのは、その半分。水源(地下水)問題で、内陸には作れない。海岸地区だけになる。6,500億円の防波堤を設けて処分場を作った例もある。処分場の残余容量は平成11年頃から減少しているが、残余年数は平成8年頃より増加している。これは3R政策を推進したことによる。

(3)産業廃棄物最終処分場問題・・・これまで、埋め立て終了により100件近く閉鎖されていたが、同時に100件以上の新設があった。今は、新設件数が少ない。99年度には、新設許可数が激減した。住民運動、法律改正による条件のシビア化などによる。

(4)ごみ処理経費の推移・・・ごみ処理事業経費総額、一人当たりのごみ処理事業経費とも同じような傾向を示している。平成元年度から増加傾向を示し平成13年度でピークとなり、それ以後減少傾向を示している。平成16年度で事業費総額18,000億円、一人当たり事業経費15,000円である。この数字には償却費という観念が入っていない。

(5)一人当たりのごみ量推移・・・山陽特殊鋼、サンウエーブ、山一の倒産が起きた昭和40年を基準の1.00としたとき、平成15年で一人当たりGDPは3.30、一人当たりごみ排出量は昭和48年頃から平坦になり、平成15年で1.60を示している。

(6)個別リサイクル法とリサイクル率の推移・・・平成7年に容器包装リサイクル法、平成9年家電リサイクル法、平成12年食品リサイクル法、建設リサイクル法、平成14年自動車リサイクル法が制定された。産業廃棄物のリサイクル率は平成2年38%、15年49%、一般廃棄物では5.3%、16.8%となっている。日本人のまじめさ、粘り強さ、礼儀が最後のとりえと思うが、この数字はこれを示しているといえるだろう。

(7)最終処分量の推移・・・産業廃棄物、一般廃棄物を分けて見る。平成元年度を100としたとき、毎年減少を示し、平成15年度で産業は33、一般は50となる。真面目に取り組み、智恵を出していることを示している。(2)項の残余年数が延びている根拠。

(8)東京都区部の例・・・89年にごみ収集量はピーク値約490万トンを示し、総支出は約790千億円、これが96年になると410万トン、860千億円となっている。

  (注)ここで言う総支出とは、下記のような内容である。

     総支出=1+2+3+4、1=民間最終消費支出、2=政府最終消費支出、

                 3=都内総資本形成、4=財貨・サービスの移出入

     この数字は、経済活動量の大きさを示していると考えてよい。

2.3Rの現状

(1)3R政策の概要・・・平成6年8月に完全施行された環境基本法、環境基本計画を起点にして、容器包装、家電、建設、食品、自動車のリサイクル法が整備されてきた。世界一の真面目さで3Rを進めてきた。海外では、リサイクル率すら掴んでいない。

(2)容器包装リサイクルの現状

*一般廃棄物排出量のうち、容量比で6〜7割を占めるといわれるのが容器包装。一般廃棄物の減量化のためには、まず容器包装廃棄物の3Rが必要と市民や国は考えた。

*個別リサイクル法としては初めてである容器包装リサイクル法が1997年に本格施行され 2000年に完全施行された。法施行当時、ガラス瓶生産量(排出量)が減少するなか、ペットボトルの生産量(排出量)が激増した。

*適正処理・リサイクルの技術やシステムが未熟な状況でリサイクルがスタートした。

(3)容器包装のワンウエイ化が進行

*リターナブルガラスビンの利用量が減少し、ペットボトルや紙容器などが使われるようになった。この結果、リターナブル(リユース)が抑制されるようになった。せめてもの対策は、 リサイクルを推進することにあった。

*しかし、ガラスカレット価格は低迷し、ペットボトルに関してはリサイクル施設が不足し、 リサイクルの行方は不安含みであった。やがて、ペットボトルに関してはリサイクルが進むようになった。PET-to-PETなどの先端技術も用いられるようになった。

(4)容器包装リサイクル法に由々しきことが・・・、いわゆる独自ルートの拡大

*市町村は順調に使用済みペットボトルを収集するものの、容器包装リサイクル法のルートには流さず、いわゆる独自ルートといわれるルートに流すようになった。

*なぜそうなるのか。個々に経済の論理が働く。東アジア経済の順調な成長および発展によって、資源需要が増加し、それは使用済み製品・部品・素材などのいわゆる静脈資源にも及ぶようになった。資源の需給逼迫のあおりを受けて、ペットボトルの市場取引価格はだんだん高くなり、やがて有価物になった。(日本人はゴミと考えていたが、海外は資源と見て買っていく)一時、キロ60円以上で取引されているという。市場実勢価格は、ペットの落札単価にも影響した。(注)PETボトルリサイクル推進協議会資料によると、2001年は、162千トン中31千トンが、2007年は285千トン中144千トンが海外に流出した。

*ところが、2008年9月、世界の金融破たん問題(リーマンショック)に端を発した経済停滞で、使用済みペットボトルの需要が激減し、10月末一時輸出も止まってしまった。

(5)個別リサイクル法の弱点

*個別リサイクル法には大きな欠点がある。それは、使用済み製品・部品・素材などの静脈資源が、国内だけで流通することを想定して作られているということ。

*しかし、天然資源相場が変われば、静脈資源相場も変わり、市場のパフォーマンスが変わる。 したがって法制度によって支えられたリサイクルも大きな影響を受けてしまう。

*これは容器包装だけでなく、他の個別リサイクル法にもいえる。それだけでなく、国内静脈 市場そのものが影響を受ける。

(6)閑話休題:独立自尊の経済活動の重要性

*個別リサイクル法という国の法律があるから、そこでの経済活動は国によって守られている という勘違いが横行している。国はあくまでも法律という枠組みを決めるのであって、そこでさまざまな経済要因を見極め活動するのは、民間の責任においてだ。

*国はビジネスチャンスを用意してくれない。自分で探し出すしかない。独立自尊!!!まさに福沢精神。短期、中期、長期とタイムスパンを分けて、静脈ビジネス戦略を作らないと、競争で淘汰されてしまう。

(7)ここまでのまとめ

*3R(リデユ-ス・リユ-ス・リサイクル)は国の循環経済構築のための基本スタンス。廃棄物削減に効果があった。

*3Rの基本姿勢:先ずはリデユ-スが必要。なぜなら出てきた残余物(未利用資源)を適正処理・リサイクルするという形には無理がある。ただし、これまでのところリデユ-スはなかなか難しい。生産物連鎖のより上流部分での発生・排出抑制のための工夫や措置が必要。拡大生産者責任、環境配慮設計。

3.資源循環・3Rを取り巻く状況の変化
(1)経済状況の変化

*東アジア圏域諸国は、相当の勢いで経済が発展・成長している。そこには旺盛な資源需要がある。とりわけ、中国の資源需要は大きい。

*中国で言う資源循環は日本のそれとは異なる。中国では、いかに静脈資源(使用済み製品・部品・素材)を効率的に獲得し、資源を抽出するかが第一の関心。中国人バイアーは、静脈資源に対して日本人より高い指値をつける。これでは、静脈資源獲得で日本は太刀打ちできない。彼らは実にたくましい。

*ただし、資源相場は急変することに注意!マネーの動きは、ときおりコモディティーの動きをかき乱してしまう。(赤いダイヤ、黒いダイヤは過去の話ではない!)プラスチック屑、古紙、アルミ屑、銅屑の輸出先を見ると圧倒的に中国向けが多い。(注)2006年の実績で実例を見ると、銅屑41万トンのうち、中国向けは約39万トン、アルミ屑104千トンのうち、約100千トンが中国向け。

(2)バッズ(経済価値なし)からグッズ(経済価値あり)へ

*一つの流れ:天然資源相場上昇⇒静脈資源相場上昇⇒廃棄物処理費用の低下傾向。あるいは、天然資源相場上昇⇒静脈資源への代替・切り替え。静脈資源からどこまでも資源を抽出しようという動きが出てくる。(中国が典型)

*しかし国内リサイクルと異なり、これは汚染を拡散させる恐れもある。その典型が、E-Waste(電気・電子機器廃棄物)の輸出問題。⇒結果として他国を汚染することにつながる。

4.増えるプラスチック需要

*石油は近い将来必ずピークアウトする。原油価格は長期的には強含みで推移するはず。使用済みペットボトルのフレークは採算割れだが、必ず元の取れるビジネスに戻る。その他プラスチックでも質の良いものはグッズになり得る。問題は、天然資源価格の撹乱を受けて、再生資源価格も激変するということ。

*資源高のとき:日本国内に質の高いリサイクル設備があっても、玉は国外に逃げて行き、そこで質の低いリサイクルが行われることもある。

資源安のとき:日本国内に使用済み製品・部品・素材が滞留してしまうこともある。実際それが起きた!

5.コンセプトの転換が必要

*これまでの日本の資源循環政策ないし3R政策は、廃棄物政策の延長線上にあった。だから、廃棄物を減らすことが主要目的であった。確かに、国内だけでモノの流れが完結するのであれば、それで充分であっただろう。

*しかし、静脈資源とは言えども、モノの流れは国内では完結せず、海外と密接につながっている。そして、日本の使用済み製品・部品・素材は、「潜在的資源」として位置付けられている。考え方を変えないと、国内リサイクルは縮小再生産になったり、天然資源相場に踊らされたり、いつまでも未熟な経済のままでいる恐れがある。

6.制度設計の要点

*グッズであっても、潜在汚染性の高いもの、残渣発生率が大きいと考えられる静脈資源は、有害廃棄物の越境を禁止したバーゼル条約の対象物と考える必要がある。⇒見直し進行中。他国を汚染する形でリサイクルを進め、日本の廃棄物処分量を少なくしても意味がない。廃棄物のつけ回しに過ぎない。資源性と汚染性という両方の性質を見る必要がある。

*静脈資源のリサイクルは、国内リサイクルが基本。流れのトレーサビリティを高め、モノの流れを透明化する。そのようなシステムは国と国とが協力しつつ作り上げるべき。

*モノは様々な資源的要素をもつ。その一つの収支だけで、リサイクルor廃棄の判断をしてはならない。廃棄の費用構造が明確でないまま、比較するのは本当の比較にならない。

*分別せずに捨てて良いというと、人の行動は「廃棄に好意的」になり、発生抑制の努力もしないようになる。(行動の変化)

*循環型経済社会の主役は民間ビジネス、そうでなければ製品リユースパーツや希少金属のリサイクルは出来ない。(環境にいい事をすると儲かる仕組みを民間で考える)

*現在のように国際資源相場に任せて資源循環を行うと、健全な静脈市場形成は不可能。市場経済には一定のたがをはめなければならない。

*拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility略してEPR)と排出者責任、および適正処理・リサイクル責任のカプリングが重要。EPRとは、動脈経済の連鎖の、より上部に発生・排出抑制の責任(役割)を負わせる考え方。これは廃棄物の発生・排出抑制のための役割分担のあり方を示す対の概念である。それに、適正処理・リサイクル責任が加わつて、フローコントロールが的確なものになる。

*動脈連鎖と静脈連鎖をあわせて、製品連鎖ないし生産物連鎖という。生産物連鎖上で、廃棄物のフローを効率的に制御して、発生・排出抑制をすることが重要。ディマンド側からも見ないとモノ(静脈資源)は集まらない。これには独立自尊の展開が必要。

7.おわりに

*使用済み製品・部品・廃棄物というよりも静脈資源という捉え方をすべきときが来た。

*日本ではまだまだ難しいが、静脈資源から資源抽出のための効率的なシステム、高い技術の結合が必要。また、静脈物流を効率的にし、リサイクル産業を成熟化・大規模化することによって一層の費用削減が必要。

*現在の静脈産業を、動脈産業と同じくらい成熟化させ、タフにしなければならない。アメリカはもとより、欧州でも静脈産業の大規模化が始まっている。そのためには、廃棄物処理法や個別リサイクル法の見直しが必要かもしれない。

*EPR、排出者責任、適正処理責任の結合が必要。そのためには、アイテムごとに独立自尊 の展開が必要。つまり、国に頼るのではなく、自らが透明で説明責任の果たせる枠組みを作り出すことが喫緊の課題!

「おわりに」の後に

福沢諭吉は誠に変わった人だった。当時、慶応義塾には、勤王派もいれば佐幕派もいた。福沢は双方を塾に入れた。佐幕派の人間が「先生、北海道まで行って最後まで幕府のために戦います」と言うと、福沢は「そりゃ危ない、そんなことはおやめなさい、どうせ負けるのです」と言ってはばからない。幕府の禄を食んでいたにもかかわらずにである。そういう「自由」なものの見方が今後の資源循環社会の制度設計に必要である。使用済み製品・部品・素材はグッズにもなるしバッズにもなる。このヌエのようなものをまともに扱おうとしたら、こちらも相当とらわれない眼で見つめる必要がある。

                                 (文責 藤木)