日時: 平成21年11月11日(水) 13:00~14:30 演題: キリン+サントリーの向こうに見える産業界 講師: 日本経済新聞 客員コラムニスト、専修大学大学院 教授 西岡 幸一 氏 3か月前にこの講演会の依頼を受けた頃、偶々キリンとサントリーの経営統合計画が報道され鮮烈な印象を受けたので、仮題として掲題の演題を決めた。しかし、本日は、日経新聞記者として40年近く見てきた電機業界(古河電工の電線部門も担当した)のうち特にIT、エレクトロニクス事業を中心とする産業界の動向に重点を置いて話すこととしたい。 1.IT・エレクトロニクス産業の消長と企業ガバナンス、フィードフォワード 三洋のみならず今の日本の産業界全般に共通する問題は、地道な改善活動で経営を洗練し漸進させる『フィードバック』は得意であるが、米韓企業に比べ『フィードフォワード』が欠けていることである。今の時代に必要なのは、長期ビション、スローガンを掲げ『フィードフォワード』の回路を働かせて、企業を更なる発展の方向に仕向けることである。凋落している企業に共通する問題は『ガバナンスの欠如』、あるいは『歪んだガバナンス』である。企業業績が98年の金融危機、01年のITバブルの崩壊により大幅に悪化する中で、三洋は01~03年頃は一時“ナニワのGE”と呼ばれるほど業績好調に見えた時期があった。実はそれが後に粉飾によるものであることが判明したが、当時のCEO井植敏氏はボードに社外役員としてコラソン・アキノ氏、大阪大学の熊谷総長など、いわゆる“お友達”を入れ、遂にはテレビキャスターの野中ともよ氏を会長兼CEOに据えるに至ってボードの私物化を極めた。さらに三洋が得意とした低価格の家電製品の価格破壊が一般化し業績が急激に落ち込んだ。井植氏はその結果三洋から追放されることになった。しかし、このようなガバナンスの問題による凋落現象は三洋だけではなく他のいくつかのIT・エレクトロニクス企業にも及んでいる。 2.時価総額でみるIT・エレクトロニクス企業のランキング 順位 企業名 時価総額(兆円) 売上高(兆円) 数十年前には日立、NECは日本を代表する最優良企業であったが、今やその企業の株式の過半数を買収し支配権を握るために、日立は5千億円、NECは2600億円あれば足りることになる。この両社の現状は“死に体”に近い状態にあると言ってよい。何故このようなことが起きたのであろうか? 技術や外部環境の変化もあるが、それ以上に深刻な問題はガバナンスの問題である。 3.ガバナンスの問題 『ガバナンス』とは『“見える化”されたルールの下で権限が粛々と執行される経営の有り様』である。ガバナンスの問題で経営を誤ったのは三洋の例がその典型であるが、最近代表取締役会長が社長を兼務する例が少なくないが、ここでもガバナンスの問題が生じている場合がある。これらのケースを仮説的に分類すると下記のようになる。 ① 会長が有り余る能力を持っているから社長を兼務できる。 ② 会長は単なる“お飾り”であるから誰でもできる。 ③ 実力者が他にいて実質的な会長として振舞っている。 ④ 緊急避難対策 ガバナンス上の問題は③のケースに生じやすい。会長・社長兼務の事例で問題となるのは日立の川村氏、ソニーのストリンガー氏、富士通の間塚氏のケースである。川村氏は古川前社長の後任として一旦退役した予備役軍人が最高司令官に任命されるような形で就任した。ストリンガー会長は中鉢前社長の退任を受けた兼務であり、間塚氏は、野副前社長の体調不良を理由とする突然の辞任申し出の当日の午後開催の臨時役員会で即日就任という異例の人事で就任した。背景に秋草相談役の存在が考えられる。このような異常な社長人事が行われるのは社内に明確な社長選任のルールがなく、根の深い経営体質の問題があると見る。このような会社は得てして経営方針がしばしば振れて、業績悪化を招いている。三菱電機は集中と選択による本業回帰で経営を改善し業績を伸ばした。日立のように古い世代を経営トップに復帰させると、往々にして整理すべき事業部門の復活折衝を許す駆け込み寺となってしまい、事業の効率化が妨げられることになる。一旦権力を握った経営者は第一線を退いてもその立ち居振る舞いが問われる。それがIT・エレクトロニクス業界には多い。自動車業界ではそのような例は殆どない。IT・エレクトロニクス企業はガバナンスにより、一つの旗・経営方針の下に力を結集する体制と戦略を強化しなければ復活は極めて困難である。 4.日本のIT・エレクトロニクス産業に復活の途はあるか? IT・エレクトロニクス業界は優+優連合による世界進出の最終バスに乗り遅れそうになっている。パナソニックによるサンヨーの買収は4千億円の投資で売上高1.7兆円(うち電池事業5千億円)を取り込めるので、パナソニックにとって安い買い物である。加えて、この業界で最終バスに乗れる可能性のある企業連合としては、『ソニー+シャープ』があり、その実現の確率は30%である。エレクトロニクス業界ではグローバルに競争できる企業の規模は売上高にして10兆円が一つの単位である。この規模の会社が4~5社でグローバル市場は満杯になる。この業界で生き残るためには“フィードフォワード”の姿勢で、先を見据えて高い目標を持つことである。アポロ計画も当初はその実現性は危ぶまれた。鳩山政権のCO2削減25%、核完全廃絶もフィードフォフォワードを続ければ実現の可能性は否定できない。半導体チップの集積率が1.5~2年で倍増すると予見したムーアの法則はその通りとなった。これらの野心的計画・与件はその実現性が原理的に証明されない。しかし、「自分ができなくても誰かがやる」と考えて実行しなければ、取り残されてしまう。過去40年の歴史がそれを証明している。 5.企業は人なり 6.自動車産業について トヨタの豊田章男社長は豊田の現状に強い危機意識を持ち、就任以来猛烈な改革の手を打ち始めた。自分自身がF1レーサーでありながら敢えてF1から撤退を宣言し、GMとの合弁製造会社NUMMIから完全撤退、国内営業スタッフを民族大移動のように大量に海外に派遣し営業のテコ入れをすることを決定した。米国で大量リコールが発生し問題が拡大する可能性がある。豊田章男氏は自ら抱く危機意識をJ.C.コリンズの著わした「ビジョナリー・カンパニー」を引用し、下記の『企業凋落の5段階』のうちトヨタは第4段階にあると言明している。 第2段階 規律なき規模の追求 第3段階 リスクと危うさの否定 第4段階 救世主にすがる 第5段階 企業価値の消滅 上記の緊急改革はこのような認識の下に打たれたものである。 7.景気見通しの懸念材料 (記録:井上邦信) |