第 3 7 0 回 講 演 録

日時: 平成21年10月7日(水) 12:00~
演題: 世界遺産とは何だろう ~その歴史と制度の仕組みを理解しよう~
講師: NPO法人 世界遺産アカデミー 主任研究員 目黒 正武 氏

1.世界遺産誕生のきっかけとその後の経過

 1960年代、ナイル川流域にアスワン・ハイ・ダムの建設計画が持ち上がった。このダムが完成した場合、アブ・シンベル神殿、フィラエのイシス神殿の水没が懸念された。ユネスコは救済プロジェクトを立ち上げ、世界の50を超える国の援助により、1964年~1968年にわたる5年の歳月と、151億2000万円という膨大な資金をかけて移築に成功した。1972年11月、ユネスコのパリ本部で開催された第17回総会で、世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約(世界遺産条約)が満場一致で採択された。1973年アメリカ合衆国が第一番目に批准、締結。20ケ国が条約締結した1975年に正式に発効。日本は先進国では最後の1992年条約を批准、同年9月に125番目の加盟国になる。2009年10月現在の条約締結国は186ケ国、最多の加盟国数を誇る国際保護条約。

2.世界遺産活動の提唱者

 提唱者はUNESCOである。UNESCO憲章は1945年に成立、当初UNECOだったが、1945年に起きた2度の原爆投下(広島、長崎)が大きな契機となり、原爆の惨状を体験した国際社会は、サイエンスが大切だとして、Sが入った。ユネスコ憲章前文には「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とある。世界遺産活動は、「世界遺産保全活動を通した国際平和活動の一環」なのである。

3.世界遺産とは

 「世界遺産条約」に基づいて世界遺産リストに登録されている貴重な物件。地球の成り立ちと人類の歴史によって生み出され今日まで受け継がれてきた大切な宝物。世界遺産とは、「世界」の「遺産」という意味で、「世界」とは国際連合、UNESCO等の国際機関や、各国、各地域を意味するわけではない。世界とは、我々「地球市民」全体を意味する。「遺産」とは、先祖代々受け継がれてきた財産その他の有形的・無形的価値のこと。遺産には必ず所有者が必要で、地球や人類の歩みを記録した大切な遺産を我々の代で無くしてしまうわけにはいかない。次の世代に遺していくのは、所有者である地球市民共通の義務である。2009年8月現在の登録数。文化遺産 689件、自然遺産 176件、複合遺産25件 合計890件(内定13件含む)。

4.世界遺産の分類

イ.文化遺産 人類の歴史が生み出したもの、即ち顕著な普遍的価値を有する記念物、構造物群、遺跡、文化的景観 (例)コンコルド広場(記念物)、紀伊山地の霊場と参詣道(文化的景観)

ロ.自然遺産 地球の生成を示すもの、即ち顕著な普遍的価値を有する地形や地質、生態系、景観、絶滅の恐れのある動植物の生息・生育地などを含む地域 (例)イエローストン国立公園、ロス・グラシアレス国立公園

ハ.複合遺産 両方を併せ持つもの、即ち文化遺産と自然遺産の両方の価値を兼ねている遺産 (例)マチュ・ピチュ、メテオラの修道院群

   当初の世界遺産活動の推進役はアメリカとヨーロッパ諸国。どちらかというと、アメリカは自然遺産、ヨーロッパは文化遺産を重視しながら推進してきた。

5.世界遺産登録の仕組み

 決定機関は「世界遺産委員会」。この委員会は世界遺産条約締約国から選ばれた21ケ国により構成。任期6年で7ケ国づつ交代していくが、多くの国に参加してもらうために、4年で自主的に交代している。毎年6月末から7月頃に開催。2009年の開催地はスペインのセビーリャ。作業の流れの概要は下記。

世界遺産委員会開催前年2月、推薦物件の登録申請(審査の要請) ⇒ 事前調査(専門の国際NPOが担当) ⇒ 自然遺産担当の国際自然保護連合(IUCN)、文化遺産担当の国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の専門家による現地調査。調査ポイントは、顕著な普遍的価値を有するか、保全体制は万全か。 ⇒ 世界遺産委員会にて審議・登録決定

6.世界遺産の絶対条件

イ.申請国が世界遺産条約を締結している(例えば台湾は申請できない)

ロ.不動産である(絵、彫刻はダメ。唯一「最後の晩餐」の壁画が建物の一部として不動産と認められた。)

ハ.申請国の法律で保護されている(県立公園ではダメ。奈良の文化財を申請する時に、宮内庁が管理している正倉院の扱いが問題になった。一時期管理を宮内庁から東大寺に移管したことあり。)

ニ.顕著な普遍的価値を有すること。

ホ.登録基準(Criteria)のうち最低1件の条件を満たすもの

7.世界遺産登録基準(ⅰ~ⅹの10件)

ⅰ.人類の創造的資質を示す傑作 = 人間の才能

ⅱ.建築、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた、ある期間、または世界の文化圏内での価値観の交流を示すもの = 文明の交流

ⅲ.現存する、あるいは消滅した文化的伝統又は文明の存在に関する独特な証拠を示すもの = 文明の証拠

ⅳ.人類の歴史上重要な段階を示す建築様式、建築又は技術の集合体、あるいは景観を示す顕著な見本 = 建築の発展

ⅴ.ある文化(又は複数の文化)を代表する伝統的集落、もしくは土地利用、 海上利用を示す見本、もしくは不可避な理由で変化の危機にさらされている人類と自然環境の相互作用を示す顕著な見本 = 独自の集落

. 普遍的な重要性を持つ出来事、現存の伝統、思想、信仰や芸術的、文学的所産に関係するもの = 大きな出来事

ⅶ.ひときわ優れた自然美、及び美的要素を持つ自然現象、地域 = 自然美、景観美

ⅷ.地球の歴史の各主要段階をあらわす顕著な見本。これには、生命体の記録による見本、地形の変化に見られる重要な地質学的進行過程による見本、重要な地形上の特性や自然地理上の特性による見本を含む = 地球の歴史

ⅸ.陸上、淡水、沿岸、海洋等の生態系及び動植物の共同体の進化発展に関する生態学的、生物学的過程を示す顕著な見本 = 独自の生態系

ⅹ.生物の多様性を根本的に保全するために、最も有力で重要な自然生息域を含む場所、これには科学的観点、もしくは自然保護の観点から見ても顕著な普遍的価値を有する絶滅危惧種の生息域を含む = 絶滅危惧種の生息域

(講師コメント)自分の訪ねる世界遺産が、登録基準の何番に該当するか考えながら見ていくと、勉強になる。

8.世界遺産リストから削除された物件

 世界遺産には罰則はなく、あくまでも紳士協定である。1994年自然遺産として登録され、2007年抹消されたオマーンのアラビアオリックス保護区は、オマーンが経済的に重要と考えた地下資源開発によるもの。2004年文化遺産として登録され、2009年抹消されたドレスデン・エルベ渓谷は住民の意思で橋が架けられたことによる。

9.多様な世界の文化と世界遺産

 アメリカの政治学者S・ハンチントンは、論文「文明の衝突」で、文明の狭間で衝突が起こる可能性に警鐘を鳴らしたが、ユネスコはこれに反発。文明間の対話で衝突は避けられると訴えた。地球上に存在する文明の多様性の認識、文明間の相互理解、多様な文化の文化遺産登録を推進する事により、対話のきっかけが生まれる。文化は生態系と一緒、生態系は、生態系が単純な地域より、生態系が複雑な地域のほうが、個々の生態系に活発な動きが確認できる。文化も同じで、単一の文化が地球を支配するより、多様な文化が混在することで個々が強くなるというのがユネスコの考え。

 石は永遠に残るので、石の文化は素材を重視、建設当初のオリジナル素材の保全に力を入れる。木は永遠ではない。木は腐ったり、壊れやすかったりするので、木の文化で建設当初の素材を残すのは難しい。造替の際、素材は取り換えるが、意匠は1000年以上継承する。意匠を重んじるのが木の文化の特徴。20年ごとに立て替える「式年遷宮」は典型である。G7のメンバー、一般に先進国といわれる国で木の文化は日本だけ。日本が世界遺産活動への参加が遅れた一因は、ここにあるかもしれないが、このような文化の違いを対話で相互理解に結び付けていくことが世界遺産活動の目的。日本の参加は、世界遺産活動の進展に大きな役割を果たしたといえる。

10.世界遺産登録の歩み

第一期(1978年~1991年)

  記念物、構造物中心の登録。西欧中心でキリスト教関係の構造物が多い。

第ニ期(1992年から2006年)

  文化的景観という概念の導入。産業遺産、20世紀の遺産など、遺産の多様化が進む。(景色に対して文化を見出そうという考えが導入された)

第三期(2007年~)

モニタリング(継続的監視)の重視。点から面へ、総合的な保護体制の確立及び自然と人間の共生を重視。観光と遺産価値の両立。

(注)UNESCO松浦晃一郎事務局長、朝日新聞インタビューより

11.もう一つの新しい概念 無形文化遺産

 「無形文化遺産の保護に関する条約(無形文化遺産条約)」が2003年、第32回ユネスコ総会で採択、2006年4月発効。アメリカ、イギリスは未加入。(無形の意味がわからないといっている。)無形文化遺産は、不動産でない、世界遺産条約とは別の保護条約であるということから、世界遺産とは別枠になっている。日本で言うと、人形浄瑠璃、能楽、歌舞伎がこれに当たる。日本から9月に13件登録。アジア、アフリカは自国の文化遺産登録の可能性が増え、この動きを喜んでいる。

12.日本の世界遺産

自然遺産:白神山地、屋久島、知床

文化遺産:法隆寺地域の仏教建造物群、姫路城、古都京都の文化財、白川郷・五箇山の合掌造り集落、広島の平和記念碑(原爆ドーム)、厳島神社、古都奈良の文化財、日光の社寺、琉球王国のグスク及び関連遺跡群、紀伊山地の霊場と参詣道、石見銀山遺跡とその文化的景観

13.質疑

Q1.世界遺産の承認を取るために、宮内庁が管理している正倉院を東大寺に 一時移管し、後でまた宮内庁に戻したとのことだが、その場しのぎでおかしいいと思うがどうか。

A1.本当のところはなぜそのようにしたのかわからない。

Q2.鎌倉の世界遺産登録の話が出ているようだが、例えば段かずら一つを見ても、どうも施設、環境に問題が多すぎるように思えるがどうか。

A2.鎌倉の場合、登録内容よりも地元住民の反対運動にも注目すべき。世界遺産に指定されると、規制の強化、観光客の増加などが懸念され、地元住民が反対するケースもある。世界遺産登録には、当事者である地元住民、つまりは地球市民の合意が不可欠である。

Q3.石見銀山に行ったが、どうも期待はずれであった。どう考えるか。
A3.個人的意見だが、石見が供給した銀の量と品質が経済に大きく貢献したこと、一見の価
   値がある間府、住民が自力で町造りに努力したことなどを私は評価している。世界遺産
   を訪れる場合、事前によく勉強していくことで、その遺産の遺産価値が分かり、違う見
   方、違う観光の仕方が見えてくる。これからは事前の簡単な学習も観光の楽しみの一つ
   、と捉えてもらえるとうれしい。

(記録 藤木)