第 3 6 8 回 講 演 録


日時: 平成21年8月10日(月) 12:40~
演題: PET/CT画像を用いたガン自動診断について
講師: 横浜国立大学大学院 環境情報研究院 教授 有澤 博 氏

1.自動診断システム開発の背景

(1)X線CT、MRI,PETなど、断層画像による体内診断が日常化

①X線CT(Computed Tomography)

  ・X線を体に照射し、その透過率から組織形態を観察

  ・臓器の形状が分り易いが、X線の被爆あり

  ・国内設置台数は1万以上

②MRI(Magnetic Resonance Imaging)

  ・磁界を使い、体内の水などの分子からの情報を取得

  ・臓器の形状が分り易く、細胞に特異的な分子活動状況が把握できるが、磁界を使用するためにペースメーカ装着者は不可

  ・国内設置台数に5千以上

③FDG-PET(Positron Emission Tomography)

  ・ブドウ糖に似た薬剤(FDG)を投与し、その薬剤のポジトロン(陽電子:プラスの電荷を持った電子)から放出されるガンマ線を検出

  ・ガン細胞は増殖するために正常細胞より際立ってFDGを多く吸収するため、効率的なガン発見が可能で、腫瘍マーカーで見付からない早期ガンの発見にも有用

・一度に全身の診断が可能

  ・FDGは弱い放射性物質であるため多少の被爆があるが、半減期が2時間程度と短く、また体外に排泄されるので問題なし

  ・画像がボケるのが欠点(CT画像と組み合わせると解決可能⇒PET/CT)

・非常に高価な装置(PET装置だけで数億円程度、施設によって設置しているFDG作製用サイクロトロンが10億円程度)なので、国内設置台数は200~300

(2)ガン検診の関心が高揚

・ガンは日本人の死因のトップ

・早期発見・早期治療で完治の可能性大で、医療費も削減

(3)自動診断の必要性

 ・PET/CTによる検診では、3mm間隔で頭から大腿部まで断層撮影すると300枚もの画像

 ・より精度を上げる(より小さいガンを発見する)ためには、断層撮影間隔をより狭くしなければならないので、枚数は更に増加

 ・大量の患者を短時間で診察するため、大量の画像を見落とし無しに画像をチェックする必要があり、そもそも少ない読影医の負担大

 ・横浜市立大学の医師からのリクエストもあって診断支援の研究開始

(4)コンピュータの有用性

 ・コンピュータは画像処理が得意で、部品検査で不良品の発見に実績あり

 ・医学画像処理に適用すればガン発見に有効(実際はそう簡単でなかった)

 

2.PET/CTによるガン自動診断の研究

 ・ガンにおけるFDG薬剤の集積と正常な生理的集積を医師が区別しているが、医師の知識を模倣したコンピュータによる自動診断システムを作成

・医師に出来ないことをするのではなく、医師の見落としを無くするため、ガンの疑いのある領域を見落とし無しに過剰に指摘し、医師が最終判断

・医学的なメリットは医師の負担軽減(スクリーニング支援)と診断の質向上(セカンドオピニオンとしての利用)、情報工学的な魅力は高度な知識処理(エキスパートシステム)の構築と膨大で多種多様なデータのモデリング

・横浜市立大学大学院 医学研究科 放射線医学教室(付属病院 放射線科)の井上登美夫教授との共同研究で、今年が6年目

 

3.診断支援システムの全

 ・診断エンジン

  医師の診断の手順を忠実にアルゴリズム化(臓器認識と異常領域の抽出)

  推論の途中状況を個別に検証・修正可能

  ビューワとの連動(診断結果をビューワ内に表示)

  有澤研究室が開発したMDPL言語による処理

 ・ビューワ

多様な表示、体積等の計測、領域指定、領域に対する注釈の全ての蓄積と検索

通常のビューワを製作している会社では対応して貰えず、有澤研究室の大学発ベンチャー会社が製作

 ・レポート作成支援

所見レポートやカルテの作成など

 

4.実際の診断画像

 ・診断エンジンを動かすと一つの診断で15分程度

 ・開発したビューワによる診断画像例の紹介(割愛)

 

5.診断精度についての実験

 ・協力していただいた病院(3施設)からPET/CTの撮像データで対象症例の目隠し検定

    正常例 102例(人分)

    異常例 132例(人分)

 ・結果

  医師が異常であると指摘した領域の数    420

  上記の内、診断システムが指摘した領域の数 417(診断エンジンの見落とし数は3)

  感度は99.3%

  見落とした箇所は、頭頚部、肺、縦隔それぞれ1箇所

  診断システムでは見落としが許されないので、10倍近く多く指摘しているが、今後どれだけ減らせるかが課題、但し医師が1000箇所から1箇所を見つけるのを10箇所から1箇所を見つけることになれば良いとも言える

 

6.最新の研究

(1)FDG-PETのdelayed scan(再撮影)画像を利用した精度向上

 ・過剰指摘を減らす方法

 ・最初に撮ったPET画像と30分か1時間後に再度PET画像を撮って差分を得て、薬剤FDGの集積量の変化で判断

 ・患者の引きとめ、医師の負荷増(コンピュータ化で解決可能)、臓器の時間経過に伴う位置の移動が問題であるが、二つの症例では医師の指摘と自動診断が完全一致

(2)MRIdiffusion画像(水分子の拡散運動の画像)を利用したガン自動診断システムの開発

 ・正常細胞では水分子の動きが活発なのに対して、細胞の大きいガン細胞などではかなり抑制された動きで、PET自動診断と同じ手法を適用

・PETは高価で設置台数が少ないが、MRIは20倍位の設置台数で健康診断可能

 ・PETに比べてMRIは検査費用も安く、薬剤投与の必要がなく時間短縮

 

7.横浜市立大学以外での実用化(質疑応答から)

 ・診療で使う場合は薬事法の認可が必要

 ・鹿児島県の厚地記念クリニックと新横浜のゆうあいクリニックにあり、今夏の終わりには5箇所程度になる見込み

 ・1000例、2000例の症例を検定して、米国FDAの承認等を得て臨床で使用できるようにしたい

                                                                        (記録:池田)