第 3 6 7 回 講 演 録


日時:平成21年7月8日(水) 12:30~
演題:東京湾・相模灘地区の津波・高潮対策の現状と問題点
講師:早稲田大学理工学術院 教授、横浜国立大学 名誉教授 柴山 知也 氏

津波・高潮に備える沿岸防災―減災のための共同研究
   津波・高潮災害の防災対策は従来「完全防災」を目指していたが、近年は主に「減災」     のための対策・研究が行なわれている。具体的には、少なくともこれら災害による死亡
    者を発生させないことを目標としている。災害による被害の態様は発生地域の社会的文
    脈地域の地理的・地形的な状況などにより千差万別である。「減災」のためには地域ご
    とに 、現地の実態調査と数値シミュレーションによる「減災シナリオ」をつくり、それか
    ら得られる「イメージ」を地域住民と共有し有事に備えなければならない。

2.津波・高潮災害の研究・対策で目指している方向
        「経験から予測へ」
              過去の経験とデータを統合し、シナリオを描きシミュレーションを行う。
              地震津波、台風等の高潮、地球温暖化の影響などの諸データを「津波モデル」、
       「高潮モデル」、「地形データ」、「ハザードマップ」などのツールを使用し災害シ
       ミュレーションを行う。
          「ハードウエアからソフトウエアへ」
               構造物依存による防災から避難計画の併用による減災を目指す。多様な地域の特性
        に従って、災害発生時の地域の現実に合わせた減災対策マネジメントが重要である。
         「工学から総合科学へ」「自然科学と社会科学の連携」
               工学(沿岸・地球・輸送・工学管理)から社会科学(心理学、社会学、経済学)に
        領域を拡大し、総合的な学際科学研究へと発展させる。

3、国際的な連携の必要性

災害は特に低開発国・地域に重大な影響を与える。そのため日本―アジア―アフリカー北米などの被災国・地域間の緊密な連携が必要である。また各国の中央政府―地方政府―地域社会―市民団体の連携が求められる。国際的連携においては日本への留学生がそれぞれの国の災害対策関連職務にあたっており、彼等との連携が有効である。

   私は津波・高潮などの災害が発生すると、発生後できるだけ速やかに調査隊を結成し主に隊長として現地に赴き、詳細フィールド調査を度々行っている。

4.最近の国内の沿岸災害調査
      2006年10月 横浜大黒ふ頭 陸棚波に起因した異常潮位による冠水
      2007年 9月 湘南海岸 台風9号による高潮・高波被害
         ― 養浜が1-2年内に完成予定

      2008年 2月 富山県入善漁港 強風による高波被害 ―離岸堤強化完成

. 最近の海外での津波、高潮調査

下記は何れも日本への外国人留学・卒業生との連携による調査。
2004年12月 インド洋津波(スリランカ、インドネシア、タイ)
2005年 8月 カトリーナ高潮(アメリカ)  
2006年 5月 ジャワ中部地震津波(インドネシア)
2007年11月 サイクロン シドル高潮(バングラデシュ)
2008年 4月 サイクロン ナルジス高潮(ミャンマー)

津波は地震による海底地盤の変動により、高潮は低気圧による「海面の吸い上げ」と「吹き寄せ」により引き起こされる。ここ数年サイクロンの挙動が極めておかしく、進路予測が困難なものが多い。過去の記録にない「非常識な」ルートを通過したり、あるいは停滞しても勢力が衰えなかったりする。これは温暖化の影響で全般に海水温が高くなった上に温度分布が不均一になったためと考えられる。地形的には沿岸・湾岸部の前の海底に陸棚が広がっている場合、高潮の被害を受けやすい。スマトラ沖地震によるインド洋大津波ではスマトラ島北部のバンダーアチェの近くで津波の世界最高到達点48.9mを発見した。日本でも明治三陸沖地震で30.5mを記録しているが、波力に地形的な条件が重なると局所的に想像を超える高い位置まで波が駆け上ることがある。

サイクロンによる高潮災害に対しては「シェルター」(高床避難施設)が有効であり、バングラデシュでは「シドル」による被害は過去に同国を襲った巨大サイクロンに比べ死者数が大幅に減った。ミャンマーでは過去にサイクロン高潮の被害を受けたことがなく、対応が遅れたため「ナルジス」では主要河川を3~4mの高潮が遡上し、支流、農業用水路を伝って各地で氾濫を起こし、甚大な被害を蒙った。ハリケーン「カトリーナ」はその巨大さに比べ、来襲地域の人口密度の低さ、対策の迅速さにより、アジアのサイクロンより人的被害は遥かに少なかった。

6.津波(地震による海底地盤の変動)
      1896年 三陸地震津波  死者26,380人
      1960年 チリ地震津波  死者122人
      1983年 日本海中部地震津波 死者 101人
      1998年 パプアニューギニア地震津波 死者+不明 220,000人
      2005年 ジャワ島中部地震津波 死者668人

7.海岸災害

① 高潮(台風による「吸い上げ」と「吹き寄せ」)
1959年 伊勢湾台風 (死者+行方不明者 5,098人)
1999年 熊本県不知火町 (死者31人、うち不知火町で12人)
2005年 ハリケーン カトリーナ (死者1,200人)
2007年 サイクロン シドル(バングラデシュ)(死者+行方不明者 5,100人)
        (バングラデシュでは過去に1970高潮で50万、1991年高潮で14万の死者)
2008年 サイクロン ナルジス (死者84,537人、行方不明者53,836人)

② 高波(冬季の高波、台風)
2007年 台風9号 湘南海岸侵食 西湘バイパス崩落
・海岸侵食の進行 新潟海岸 駿河湾沿岸

8.東京湾における検討事項
  ① 高潮災害については環境変動による気象条件の変化を加えて検討する。局所的温暖
    化変動による海水温上昇は低気圧の「居座り」などの現象を引き起こしている。
  ② 東京湾北部直下型地震については、津波に加えて地震による防潮堤被災の可能性が
    あるので高潮防潮堤の安定性を検討しなければならない。
  ③ 「陸棚波」に起因する異常潮位に備える必要がある。
        高潮の波力で防潮堤が破堤する可能性は少ないが、一部地域では防潮堤を超えて浸水
    する可能性がある。江東地区、大田区糀谷地区、川崎臨海部周辺が危険地域とされてい
    る。湾岸工場地帯は高潮防潮堤は個別企業が自社の敷地内に設置しているケースが多く
    、これらは行政の管理下にないため、行政側がデータを把握できていない。東京湾に多い
    「直立護岸」では波が吸収されず反射を繰り返してしまう危険性がある。

   気圧低下による「吸い上げ」の海面上昇は、一般に気圧差1hPa X 0.9 cmで得られる。例えば気圧1,014hPaが916hPaまで下がった場合の海面上昇は(1014-916)x0.9=88cmとなる。これに加えて風による「吹き寄せ」効果があり、「100年に1度」級の台風では海面上昇は数mにも及ぶことになるので、防潮堤の高さはこれに対応できなければならない。天文潮位の満潮時に[吸い上げ]や「吹き寄せ」の異常潮位が重なると被害は広範囲に及ぶことになる。

9.津波・高潮などの自然災害に対する心構え

   それぞれの住民の置かれている自然環境や社会環境が多様である限り、受ける被害も多様である。まず自分がおかれた状況下での「災害ポテンシャル」に日頃敏感になっていなければならない。地域行政が作成するハザードマップなどのツールにより、それぞれの地域の個別の視点からシナリオを作成し、災害に応じて選択すべきである。人命は  構造物だけでは護れない。地域自治体、住民が災害シナリオ・避難計画を共有し、適時、適所に避難を心がけることが肝要。


                                                                                                                                           (記録:井上邦信)