第 3 6 6 回 講 演 録


日時:
平成21年6月9日() 12:30~
演題: 素粒子物理学とそれを支える超伝導技術
講師: 高エネルギー加速器研究機構 共通基盤研究施設 超伝導低温工学センター長
                                               教授 理学博士 山本 明 氏

1.はじめに

(1) 高エネルギー加速器研究機構(KEK)の紹介

1971年につくば学園都市に設立された研究所で、つくばキャンパス(km×2km)と近年原子力科学研究所構内に設置された東海キャンパスからなる全国大学共同利用機関である。現在の職員は研究、技術、管理合わせて750名で、素粒子原子核物理、物質構造(生命)科学、加速器科学、共通基盤研究を行っている。昨年のノーベル物理学賞を受賞した小林先生は現在KEKの名誉教授で、小林・益川理論は二人が名古屋大学にいたときに提案されたが、約30年の歳月を経てKEKの加速器(KEKBファクトリー)で実証され、受賞に繋がった。尚、小林・益川理論では当時見付かっていたクオーク(素粒子)は三つであったが、少なくても3世代、六つあるはずであると予言した。

(2) KEK‐古河電工間の協力の歴史

KEK設立後に建設された12GeV(120億電子ボルト)陽子加速器は世界的に見て小さすぎて時代遅れであった。リーダーであった平林先生(19342008)は、世界的に伍していくためには超伝導技術が是非とも必要であると言われ、最初に陽子加速器に使用するビームライン用磁石の超伝導化を取り上げた。このときに積極的に取り組んでくれたのが古河電工である。その後Tristan計画のTOPAZ磁石、宇宙飛翔体観測装置用磁石、米国SSC計画、米国BNLg-2実験用磁石、CERNLHC計画ビーム衝突点用磁石、J-PARCニュートリノビームライン磁石などの超伝導磁石開発で協力関係を維持してきた。

2.加速器による素粒子物理のフロンティア

(1) 素粒子物理学

宇宙は非常に大きなスケールであるが、どんどんスケールを小さくしていくと銀河、地球、人間、DNA、原子、原子核、素粒子となり、加速器で眺められる限界である10-20mとなる。これは別の見方をすると、現在の宇宙からビッグバンに遡る歴史を見ていることに他ならない。素粒子物理学は宇宙の起源を探る学問で、粒子を加速して高いエネルギーの状態にし、標的に当てるか粒子同士を衝突させることによって、壊れて出てくる中身の小さいものを探るのが高エネルギー物理学である。小さいものを見るには、光学顕微鏡、電子顕微鏡とあるが、さらに細かく調べようとすると粒子加速器が有効である。

一方、自然界には四つの力が存在する。太陽と地球の引力などの重力、プラスとマイナスの電気が引き合うような電磁力、原子核反応でエネルギーを取り出す原子力発電に利用されている強い力、もう一つ分りにくいのは弱い力で、ある粒子が違うものに転換(例えば、中性子が陽子に転換)していくときの力である。これらの四つの力はビッグバンの時には一つであったと考えられ、エネルギー密度を上げていくと統一され(一つの法則で語られ)、電磁力と弱い力は既に統一され、現在は強い力も統一されつつあり、最終的には重力も統一的に理解しようとするのが素粒子物理学である。

(2) 粒子加速器

初めての本格的な加速器は、米国のローレンスによるサイクロトロン(直径13cm)である。交流電場で荷電粒子を加速し、一定の磁場で軌道を曲げて、加速された粒子を取り出すものである。最も分り易い加速器はテレビのブラウン管で、フィラメントから出た電子を加速電場で加速して、磁石を使いながらスキャン(走査)するものである。粒子のエネルギーの単位は、一つの電子が1ボルトで加速されたときに1エレクトロン(電子)ボルトと言う。加速器の分野では、この単位を使う。

円形軌道上に磁石を配置し、一周する毎に粒子を加速し、シンクロナイズされた状態で加速する加速器はシンクロトロンと呼ばれる。加速器では、加速するための高周波空洞(例えばマイナスの電荷を持った粒子が空洞に入るときにはプラスの電場で引き込み、出て行くときにはマイナスの電場で追い出す装置)と、曲げるための二極磁石とビームの発散を抑える四極磁石が基本要素である。加速器から取り出した粒子を標的に衝突させるよりは、加速した粒子同士を正面衝突させれば、2倍のエネルギーになる。これが衝突型加速器(コライダー)で、現在の主流となっている。

加速器のエネルギーを上げると加速器の直径が大きくなり、直径が1kmを超えるようになってくると、通常の鉄芯に銅線を巻いた磁石では対応できず、超伝導磁石が不可欠となる。鉄芯の形状で磁場を形成する銅線を巻いた磁石では、鉄の透磁率の飽和によって2テスラの磁界までしか上がらず、銅線より1~2桁高い電流密度が得られる超伝導線を用いた磁石は電流の分布で磁場を発生させることができ、現在は9テスラまでが実用化されている。

最初の超伝導(磁石)加速器は、米国シカゴ近郊にあるフェルミ加速器研究所の直径2kmの加速器(Tevatron)であり、次にドイツのHERA、米国のブルックヘブン研究所のRHICで、最近完成した最大の加速器がジュネーブ郊外の欧州素粒子原子核研究所(CERN)に設置されたLHC(Large Hadron Collider:大型ハドロン衝突型加速器で、この場合のハドロンは陽子を指す)である。

(3) CERNLHC計画

加速器のリングの半径は4.5kmで、7TeV(7兆電子ボルト)のエネルギーを持つ陽子と陽子の衝突型加速器である。1995年に当時の与謝野文部大臣の決断により、日本はフルメンバーとして参加することとなった。このことにより、KEKは米国のフェルミ加速器研究所と共同して衝突点の収束磁石(古河電工の超伝導ケーブルを使用)の開発に責任を持つことができ、古河電工は主リングの超伝導ケーブルの製造に携わることができた。

主リング用磁石と衝突点の収束磁石に使用された超伝導ケーブルは、NbTiと銅からなる素線を撚線成形したラザフォードケーブルと呼ばれるものである。古河電工は主リング用超伝導ケーブルの製造において、他社が苦戦する中、ほぼ予定通りに納入するとともに他社の分も肩代わりして納入し、高い評価を得た。LHC建設に特に貢献した協力者に与えられる Golden Hadron Award を目黒氏(当時超電導製品部長)が代表して受けた。

LHCは一端ビームを廻すところまで行ったが、昨年思わぬ事故に見舞われた。修復が順調に進んでおり、今秋から実験に入る予定である。必ずあると言われている重力を媒介するヒッグス粒子の発見が実験の目玉である。実験装置は四箇所の衝突点に置かれるが、日本はATLASと言う実験装置に集中的に参加し貢献している。この装置は幅44m、直径22m、重量7,000トンと巨大な装置で、心臓部は中心の超伝導コイルである。このコイルは粒子の透過性が高くなければならないので、アルミ安定化超伝導線(ニオブ・チタンと銅から成る超伝導線にアルミを被覆した線)が使用され、古河電工が製作した。アルミは優れた安定化材で、初期には高純度アルミが使用されていたが、ATLASでは高純度アルミにニッケルを添加し、加工硬化させることにより高強度化を図った。

(3) 国際リニア子ライダー (ILCInternational Linear Collider)

LHCでヒッグス粒子が発見されても、重力を含めて四つの力を統一していくために超対称性の理論が必要と考えられている。超対称性はLHC実験で見えるはずであるが、実際は雲のかかった状態で見えるのではないかと考えられている。

LHCのような陽子・陽子衝突実験では、陽子が三つのクオークから成る複合粒子であるために反応は複雑で純粋な現象を見るのに適していないためである。電子・陽電子(プラスの電荷を持った電子)衝突実験では、それぞれが素粒子であるために、実験が容易になる。しかし、電子や陽電子の円形加速器では、これらの粒子が曲げられたときにエネルギーを失い、軽い粒子であるために陽子などと比べてエネルギーの損失の割合が大きく、エネルギーを上げられなくなる。エネルギー損失を小さくするためには、軌道半径を大きくしなければならないが、CERNLEP(LHCと同じリング)4.5kmが限界である。そこで考えられたのが、直線状の線形加速器である。連続的に加速するためには、加速空洞を延々と並べる必要があり、膨大なコストが掛かる。これを解決する一つの方法が加速空洞の超伝導化である。

講演者自身は国際的にコーディネートする役目を担うことになっている。2012年までに工学設計を終え、政治の世界が多きく左右するが、2012年か2013年以降に建設をスタートさせる計画になっている。

(4) J-PARC (Japan Proton Accelerator Research Complex)

素粒子物理学ではニュートリノが重要な役割を果たしているが、世代間の行き来があると言うことが分ってきている。神岡の実験で上から来る太陽ニュートリノと下から来るニュートリノが違うと言うことで、KEKで発生させたニュートリノを300km走らせて神岡で実験していたが、ニュートリノの強度を上げてより精密な実験をするため、東海キャンパスにシンクロトロンを設置した。文部省のKEKと科学技術庁の原研が一緒になって設置するもので、省庁再編による文部科学省のシンボルである。東海キャンパスの敷地の広さが限られており、神岡に向けてニュートリノビームを出すためには、陽子ビームは急激に曲げる必要があり、古河電工の高電流密度超伝導ケーブルが用いられた。既にビームを出すことに成功し、これから実験に供される。

今までは超伝導磁石は高くても電力代で取り戻すことで良かったが、常伝導磁石(銅線と鉄芯による磁石)の予算で電力代も下げてくれと言うことになった。そこで一つの工夫がなされた。二極の磁石と四極の磁石を一つにした磁石が製作されたが、高電流密度の超伝導でなければ実現できないものであった。

3.宇宙の直接観察による宇宙起源の探索

超伝導加速器で培った技術の応用として取り組んだビッグバン宇宙とミニブラックホール蒸発の痕跡を探る計画である。1980年代の初めに小林・益川理論によると反陽子は殆どない筈が、予想以上に多くありそうだと言うことで、地球の大気圏外で測定することが検討された。当時TOPAZ磁石が完成しており、そこで採用されたアルミ安定化超電導線を用いた薄肉磁石技術がベースになった。1985年にASTROMAG計画で薄肉超伝導スペクトロメータを提案してからから改良を重ね、BESS (Balloon-borne Experiment with a Superconducting Spectrometer)計画に繋げた。

超伝導磁石は南極において20071223(太陽の活動の収まった時期)にバルーンで打ち上げられた。南極は地磁場が垂直になっているために粒子の検出(陽子と反陽子は電荷が逆であるために一定の磁場下で逆の方向に曲げられることによって検出)に適しており、また天候を選ぶことにより大陸の風でバルーンが2週間で戻ってくるので好都合である。打ち上げの様子はビデオで紹介された。磁石は予め地上で励磁し、電源は外して永久電流状態になっている。測定器系の電源は太陽電池による。南極を1周半したところで、軌道が狂ったため実験を終了し、上空で磁石を消磁して回収した。

これに関連した実験として、順調にいけば来年にもスペースシャトルに巨大な超電導磁石を設置する計画が進んでいる。

4.まとめ

素粒子物理学は着実に進展しているが、未だ完成されておらず、理論的な発展が望まれる。このためには高エネルギー加速器が不可欠の装置で、超伝導技術(磁石と特に今後は加速空洞) は主要な役割を果たす。加速器科学をプロモートする組織として、昨年「先端加速器科学技術推進協議会」が政・官・産・学の連携により設立され、また与謝野大臣を会長とする超党派議員連盟も発足した。加速器科学は、時間はかかるものの産業応用に発展し、社会に貢献できるものである。

最後に古河電工の超伝導技術は国際的に広く評価されており、加速器科学、素粒子物理学発展への貢献に対する謝辞が述べられた。

                                  (記録 池田)