第 3 6 2 回 講 演 録


日時: 平成21年2月4日(水) 12:30~
演題: グローバル金融危機と内外経済の行方
    ~百年に一度の津波に世界はどう立ち向かうのか?~

講師: みずほ総合研究所株式会社 調査本部 経済調査部長 矢野 和彦 氏

最初にグリーンスパン前FRB議長が行った米国下院での証言「We are in the midst of a once-in-a century credit tsunami.(我々は百年に一度の金融収縮津波の真只中にいる。)」が引用された。講演要旨は以下の通りである。

1.1929~1932年の大恐慌と今次の危機との違い

 米国主要統計によると、大恐慌期には実質GNPが29.2%、製造業生産率が46.0%、対外貿易総額が69.7%、消費者物価が20.2%もの大幅な落ち込みで、失業率は3.2%から23.6%に上昇した。これに対して、今次は景気のピークだった2007年第4四半期から2008年第4四半期にかけて、実質GDPが0.2%、鉱工業生産が6.0%、実質輸出入が4.3%の小幅な落ち込みに留まっており、消費者物価は1.5%上昇し、失業率は4.8%から6.9%へと若干増加した。今後どの程度さらに悪化するか分からないが、大恐慌期ほどひどいことにはならないと考えられる。また、大恐慌期には政策対応ができず、回復に10年近くを要したが、現在は中央銀行による積極的な金融緩和や財政刺激が進められており、「失われた10年」となるほどの長期化は避けられそうである。

2.サブプライム危機発生の背景

 低インフレ、低金利の経済金融環境下では資金運用が困難で、住宅需要が増大し、住宅価格は上昇した。住宅ローンにはプライム(A)、オルトA、サブプライム(この順に借り手の信用力が高く、後ろのものほどハイリスク・ハイリターン)、あとから金利が上昇するエキゾチックなどがあるが、貸し手は住宅ローンを担保とした証券化商品として売り、回収した資金をローンとして再び貸す手法がとられた。これらの証券化商品には、RMBS(住宅ローン担保証券:複数の住宅ローンを担保とする証券)、CDO(債務担保証券:RMBSや社債、デリバティブなどの複数の金融商品を担保とした証券)などがある。これらの証券化商品は複雑に構成されているためにリスクが分かり難いものが多かった。しかし格付機関は、過去の住宅ローンのデータなどを基に、リスクの高い商品に対しても高い格付を与えた。その高格付けをよりどころに、証券化商品への投資が増え、それがサブプライムローンの増大に拍車をかけた。

また、住宅価格上昇は2003年前半頃までは実需によるものであったが、2003年後半以降は価格上昇期待が住宅需要を押し上げ、安易な貸付がそれに拍車をかけて、バブル化した。住宅価格は上昇し続ける、悪くても横這いとの楽観論が広まっていたが、これは明らかに1980年代後半の日本の土地神話と同じ類のものだった。

3.サブプライム危機からグローバル金融危機

 結局、米国の住宅バブルは2006年に破裂し、対前年価格上昇率は急激に下がり始めた。これと同時にサブプライムローンの延滞率が急激に上昇し始めた。2003-2004年に増加したサブプライムローンは、2年後に返済負担が急増する仕組みのものが多かったためである。担保となるローンの延滞率の上昇は証券化商品の格付けの低下を招いた。MSB(住宅ローン担保証券)やCDO(債務担保証券)の価格は下落し、証券化商品に投資をしていたSIV(投資ビークル:大手金融機関が投資目的のために設立した簿外の特別目的会社)やヘッジファンドの損失拡大または破綻を引き起こした。このことにより、スポンサー金融機関の損失拡大・信用不安と資金調達環境の悪化に繋がり、信用収縮の悪循環を繰り返す結果になった。

 ここで見落とされていたレバレッジ解消のインパクトは大きかった。自己資金(証拠金)の何倍もの運用をしているため、わずかなロスの発生が、マージンコール(証拠金積み増し要請)とヘアカット(証拠金比率引き上げ)を通じて大量の金融商品の売却圧力を生むことになった。

 2007年初めには住宅専業金融機関が破綻し、SIVの資金繰り難、モノライン(金融保証専業会社)問題の噴出、ベアスターンズ救済、GSE危機、リーマン破綻、CDS市場のシステミックリスクと繋がり、グローバル金融危機に発展した。

 2007年第2四半期から金融機関等の累計損失が膨らみ、2008年第4四半期には1兆ドルに達した。他方で資金調達も進展しているが、最終的な損失は2兆2千億ドルに達するとのIMFの見方もある。

 このような状況下で、銀行間の信用収縮、金融機関から企業への信用収縮、資本市場から企業への信用収縮、金融機関から家計への信用収縮、企業間の信用収縮が起こっている。いつ歯止めがかかるのかが問題である。

4.危機の影響と今後

 銀行間の信用収縮は、特にリーマンショックにより取引金利の上昇を招いたが、政策対応(流動性供給・利下げ)により2008年末にはリーマンショック前の水準近くに戻っている。国債の利回りは低下する一方で、低格付社債の利回りはなお高水準であるものの、足元ではわずかに改善の動きが見られる。企業と家計への信用収縮において、欧米銀行の企業向け貸付および家計向け貸付に対する姿勢は依然として厳格化しているものの、米国では頭打ちないしは緩和の傾向が見られ始めた。

 一方企業および家計の資金需要は、景気の悪化により減退が強まっている。これに歯止めがかかる兆しが見られ始めれば、ゆっくりと景気が回復する可能性はある。証券化商品の格下げも峠を越しつつある感がある。金融市場の最悪期は今年の前半と予想される。

 先進国の景気は2006年前半をピークに減速したが、新興国の成長率も失速した。世界銀行は2009年のグローバル貿易は1982年(第二次オイルショック)以来の対前年比マイナスになると予測している。日本の景気拡大も2007年10月に終了し、2008年秋以降はかつてないスピードで落ち込んでいる。内需でなく輸出に頼ってきたことが原因である。

 米国経済の回復に向けての道筋においては、リフレ(金融・財政政策)の引き際が1-2年後の課題で、早過ぎればデフレを招き、遅過ぎればインフレを招く。日本経済においては、企業の業況判断は大きく悪化しており、先行き不透明感が極度に高まり、企業が萎縮して短期的な落ち込みを増幅(逆バブル)させる可能性がある。問題は輸出の下げ止まりである。需給ギャップは1990年代終盤から2000年代初頭の不況に匹敵する程度まで拡大する可能性がある。海外需要の激減を自国の対応で防ぐことはできないので、緊急需要創出と将来への投資としての内需拡大が必要である。

 オバマ政権は「グリーンニューディール」、中国は「4兆元対策」で何れも内需を拡大させる政策を打ち出している。日本は少子高齢化で人口減が進むので、モデル国になるような政策が必要で、今後5年間にどう進むかが課題である。

5.質疑応答

Q1,アイスランドで起きていることと我々への影響は?

A1.アジア金融危機で起きたことと同じことが起こっている。規模は小さいがGDPの何倍もの資金流入に頼ってきたが、その資金が急速に引き上げられたことによる。アジアの場合は貯蓄率を引き上げることになった。今後、中東欧に同じことが起きると大変で、どこの国が消費をするのか問題である。

Q2.「シルバー・ニューディール」等で数兆円規模の具体的なイメージは?

A2.個別のプロジェクトについて具体的な案を持っているわけではない。「シルバー・ニューディール」(高齢化)ではバリアフリー化、「ホワイト・ニューディール」(少子化)では女性がSOHOで働くためのインフラ整備、「ナレッジ・ニューディール」(教育と頭脳流入)では教育投資や海外からの人の受け入れ、「ローカル・ニューディール」(地方活性化)では企業と人のモビリティーを高めて東京一極集中から地方が活性化できる整備などが考えられる。

Q3,今回の危機はグローバルマネーが原因か?またドル体制は終わったか?

A3.今回の危機は金融自由化、グローバルマネーの膨張の下で起こった。今後は自由化一辺倒から規制強化(ヘッジファンド等の監督、自己資本規制)に向かう。ドルは中長期的に少しずつ弱くなっている。米国が主役の座を完全に降りることはないが、ドル、ユーロ、アジアの三極通貨圏のようになると考えられる。

(記録 池田)